【男はつらいよ あじさいの花3】


しかし、結婚すると決めただけで済むわけはなかった。
なんといっても式の準備などというものは、いつの時代も大変なことなのだ。たとえこぢんまりした式であろうと。
「六月の大安吉日っていうと、この日だね」
「あと一週間もないのぉ」
「急がないとね。料理を何にするか、食器はどうするか、決めなきゃいけないことはたくさんあるわよ」
皆が膝を突き合わせて真剣に話し合っている。
「ご近所さんには声をかければすぐ集まってくれるでしょ」
「じゃあ、俺が大声で知らせてくるってばよ!」
ナルトが外へと駆け出していく。
半分しか血が繋がっていない弟ではあるが、ナルトだって心からイルカの幸せを願っている。そのための手伝いならなんでもするという意気込みなのだろう。かなり慌て者ではあったが。
一人減ったが、だからといって話し合いが終わるわけではない。さらに白熱した議論が交わされる。
結婚するという当の本人達は蚊帳の外に置かれ、しばらく呆然としていた。が、突然とイルカが口を開いた。
「それじゃあ私は、白無垢を家に取りに行ってこようかと思います。ついでに兄に結婚する報告もしなくてはならないし」
言われてみればもっともな話だった。
いくら家を出てきた成人とはいえ、結婚するとなれば家族に言わずに済ませられるはずもない。
とはいうものの、大蛇丸と結婚させようと画策していたイルカの兄・エビスの存在はまだ記憶にも新しい。あの兄では家に戻った途端軟禁されることだってありうる、と皆が考えた。
「お、俺も一緒にご挨拶に!」
焦るカカシが慌てて立ち上がった。
立ち上がったはいいが、しばし固まっている。
「カカシさん?」
「どうしたカカシ」
「……いや。何を着ていけばいいのかと思って」
もちろん挨拶は建前だ。イルカを守るのが本音であり、一番の使命だとカカシも思っている。けれど、あわよくばイルカの家族に気に入られたい、祝福されたいと願ってしまうのは仕方がない。そのためには好印象を与えなければならない。
しかし、カカシが持っている服といえば、団子屋の制服。それ以外は昔テキヤで放浪していた時のダボシャツと腹巻きぐらいだ。
「ここは一つ、気合いを入れる意味も込めて……」
とカカシが腹巻きを取り出したので、慌ててサクラが止めた。
「お兄ちゃん、シャツとチノパンで充分よ!」
「そうか?」
サクラが思いきり力を込めて頷くと、カカシもとりあえず大人しく助言に従う。どうも緊張のあまり思考がうまく働いていない様子だ。
カカシ一人を行かせて大丈夫だろうか、という皆の不安そうな視線を余所に、イルカとカカシは出かけていった。


二人並んで歩くだけではもったいない。ということで、実家へ向かう道すがらカカシがイルカに尋ねる。
「そういえば、新婚旅行はどこがいいですか。イルカさんが行きたいところってありますか」
そうだ、新婚旅行。たとえ式を質素に済ましても、まだ旅行がある。
海外旅行にでもババーンと連れていくのが男の甲斐性というものではないか。
しかも、新婚二人が思いきりイチャイチャできる夢のパラダイス。ここは素晴らしいところを選択したい。
カカシはそう考えた。
「行きたいところ……温泉なんですけど」
イルカが恥ずかしそうに頬を染める。
温泉。
それってもしかして一緒に露天風呂に入ったりできたりするアレだろうか。
カカシは鼻血を噴きそうになり、ぐっと鼻を押さえた。
「温泉、いいじゃないですか。お、俺もぜひ行きたいです!」
「そう、ですか? ちょっと年寄りくさいんじゃないかと思って……」
暗に行きたくないのではないかと指摘されて、カカシは慌てて否定する。
「俺はどこでもいいんです。イルカさんと行くんならもうどこだって!」
カカシがあまりにも真剣に主張するので、イルカも勇気づけられて提案してきた。
「じゃあ熱海なんかどうでしょう。ちょうど先祖代々のお墓もあって、お参りもしたいと思っていたし」
「熱海か。いいですね!」
カカシの当初の思惑とは多少外れてしまったが、だからといって特別海外旅行に思い入れがあったわけではない。墓参りという目的もあり、しかも魅惑の温泉付き。賛同しないわけがない。
それに熱海といえば昔ならば新婚さんのメッカ。新婚旅行に選んでも不足はないと言えよう。
そうと決まれば、普段手が出ないような高級な宿を手配しよう、とカカシは歩きながら頭を巡らす。国内ながらも豪勢にするのだ。美味しい食事がついているのがいい。貸切の温泉とかいいよなぁと夢はふくらむ。
そうこうしているうちにイルカの実家に辿り着いた。
カカシは導かれるまま中へ入るが、かなりの豪邸だった。
どこまで続くのかわからないくらい長い塀に囲まれ、中の庭木は驚くほど丹念に手入れされており、この季節は緑も眩しいくらい。邸宅は平屋で木造だが、年代を感じさせる品の良い家屋だった。
「まあ、イルカさま!」
お手伝いさんらしき女性がイルカに気づく。突然と帰ってきたお嬢様に驚きを隠せない様子だったが、それでも慣れた仕草で応接室に案内する。
「こちらで休んでいらしてください」
と、一礼して部屋を出て行った。


●next●
●back●
2009.07.11


●Menu●