【男はつらいよ あじさいの花8】


家にいてもイルカはのんびり休むことなく、まめまめしく何かやるべき家事を見つけて働き始める。
さすがにカカシは皆から同情を買い、今日は免除されることになり、ぼんやりと縁側で猫の額ほどの庭を眺めていた。
「カカシー。生きてるー?」
「んー、なんとか」
アンコがやってきて、カカシの隣に座る。
軒下で足をブラブラさせながらアンコが口を開いた。
「んで? 初夜の方はどうだったのよ」
ゴンと子気味のいい音が、柱とカカシの頭がぶつかりあった場所から大きく鳴った。
「お、お前っ! 女が聞くことか!」
「まあまあ。けちけちしないで教えなさいよ」
「そんな暇あるわけないだろ。毎日毎日妨害に遭って……もう散々だったんだから。寝る暇もなかったっつーの」
「な〜んだ。せっかくのハネムーンだったのにね」
「そうだよ! 信じられない!」
カカシがひっくり返った声で叫ぶ。
貸切の露天風呂だってちゃんと予約した。しかし、エビスが一緒ではイルカだって水着を着ざるをえない。そりゃあ水着姿だって貴重で鼻血を噴きそうなくらい可愛かったが、不満の論点はそこではない。
常にエビスに邪魔されてキスすることもままならないとはどういうことだ。
カカシは思い出すだけで怒りで震えてくる。
「まあまあ。これから一生添い遂げるわけだから、時間はたっぷりあるわけじゃない。頑張んなさいよ、カカシ!」
アンコがこれでもかというくらい強くカカシの背中を叩いて励ます。むしろ叩いて痛みを与えるのが真の目的ではないかと思えるくらい強烈な一撃だった。
が、連日の疲労で痛覚が麻痺し始めているのか、カカシは幼馴染みの励ましに感動していた。どうやら『一生添い遂げる』部分がお気に召したらしい。
「だよね〜。これからなんだから」
カカシも少し気分が浮上してきたところに、イルカがやってきた。
「カカシさん、ここにいたんですか」
「イルカさん!」
イルカの姿を見ただけでカカシは尻尾を振る犬のように駆け寄る。
「お邪魔でしたか?」
「いえいえ。アンコにはね、旅行の話をしてただけですから」
「そうですか。これ、冷えてますからどうぞ」
笑顔のイルカは、冷やした麦茶を差し出す。これを渡すために探してくれたらしい。
休んでいるカカシに、という心遣いはカカシを感激させる。イルカと結婚したなんていまだに信じ切れていないところがあるが、こういう行動を受けて少しずつ慣れて行く気がした。
カカシが麦茶を味わっていると、イルカがふと思いついたというように口を開く。
「そういえば。私たちも夫婦になったんですから、早く赤ちゃんが欲しいですね」
せっかくの麦茶をカカシは噴き出した。
「えっえっ。イ、イルカさん!?」
まさかイルカからそんな言葉が聞けるとは思っていなかったカカシは、慌てまくった。しかも幼馴染みとはいえ、アンコもいる前で。
しかし、そんなカカシの様子にイルカは気づいていない。
「いつコウノトリさんが運んできてくれるんでしょうね?」
イルカはいかにも不思議そうに小首を傾げた。
最初は冗談かと思ったが、イルカがわざわざ冗談を言うはずもない。すなわち本気の本気なのだ。本当に赤ちゃんはコウノトリが運んでくるものと信じて疑っていない。
「え〜っと、いつでしょうねぇ?」
あまりのことに頭の回らなくなったカカシは、とりあえずそう答えた。
ちょうどその時。
「イルカちゃーん。ちょっと手伝って」
「はーい」
紅に呼ばれて、イルカは奥へと引っ込んでいった。
「どうしよう、アンコ……」
ただでさえ色の白いカカシが、紙っぺらのように青白くなりながら振り返る。
「……んーっと、まずはおしべとめしべがぁ」
「そ、そこから?」
なんてことだ。生粋のお嬢様を舐めてました、とカカシは思った。
お嬢様の中でもイルカが特例中の特例ではあるのだが。これではエビスの思惑通り、晴れて真の夫婦になれる日はいつになるのか見当もつかない。
「……まあ、時間はたっぷりあるんだから、ねぇ?」
「さっきと同じ台詞なのに全然嬉しくないっ」
うわーっとカカシが泣き崩れた。
さすがにアンコも気の毒に思ったのか、カカシを励まそうと言葉を探していたが。突然と庭のあじさいを指差した。
「ほら! あのあじさいを見習って頑張りなさいよ」
「あじさい……?」
「フランスの花言葉は『忍耐強い愛情』。今のあんたにぴったりじゃない」
「ここは日本だし、フランス関係ない……」
どんよりと暗いカカシは呟いたが、無視された。
庭に降り立ったアンコは、ハサミであじさいの花を切り始める。
「だいたいなんでそんな花言葉なんて知ってるんだよ」
花より団子のアンコが花言葉とは解せない。
「お父ちゃんが言ってた!」
「ああーなるほど……」
イビキならわかる。ああ見えて神経の細やかな人間なのだ。強面の割には感情の機微にも敏感で、心配りも忘れない。
それゆえに苦労も多い。
「え、もしかして俺ってタコ社長と同じ?」
「はん。何言ってるんだか。お父ちゃんと肩を並べようなんて百年早いわよ」
アンコは笑い飛ばし、カカシにあじさいの花をわんさと渡した。
「え。それって百年このまんまってこと?」
あじさいを抱え、カカシは蒼白になった。
が、イルカの声で、
「カカシさん、すみません。ちょっとお願いしてもいいですか」
と言われた途端、頬にぱっと赤みが差し、素早く立ち上がって駆けていく。
「まあ、あれはあれで幸せなんじゃないの。それよりも問題はお父ちゃんへのプロポーズなのよねぇ……団子でも食べながら考えよ」
一人取り残されたアンコは、団子をたかるべく店の方へと歩いていくのだった。


終劇
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2009.08.15


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