【ひとつ屋根の下で】


(1)

「俺は今日、結婚した」
「は?」
 その家の長男は朝帰りの中、玄関にて突然と宣言した。
「結婚したって何それ、アスマ兄」
「それ本当かってばよ!」
「ほぉ、お主もとうとうか……」
 家族全員が騒ぐ中、正気を疑うようなことを言ってのけ、平然とした髭面で続ける。
「夜中に時間外受付で婚姻届を出してきた。これから新婚生活が始まる、と言いたいところだが、仕事で今すぐ海外へ旅立たねぇとならなくなった。かなりの長期だ。というわけで、その間イルカのことをよろしく頼む。この家で家族の一員として面倒を見てやってくれ」
「はぁ? ちょっと待っ……」
「イルカ」
 アスマが振り返って大声で名前を呼ぶと、玄関の門柱に隠れるように存在していた人物が、おずおずと現れた。
 ぴょこんと揺れるポニーテールも、鼻筋を横切る愛嬌のある傷も、可愛くはあるけれど、どう見ても男だった。たしかに男同士の結婚は法律上許されているとはいえ、アスマが男好きだと聞いたことなど今までなかったため、今回の出来事はまさに寝耳に水だったと言える。
「祖父と、次男カカシ、四男サスケ、五男のナルトだ。三男は今はいない」
 アスマは簡潔に家族を紹介する。
「イルカと申します。これからどうかよろしくお願いします」
 イルカが深々とお辞儀をして挨拶をした。
「イルカ、悪いな。こんな慌ただしくなっちまって。もっとちゃんと紹介するつもりだったのに……」
「そんな! いいんです、お仕事なんですから。どうかお気をつけて、アスマさん」
「おう」
 その場にいる全員が二人の仲の良さそうな会話を聞きつつ、じっと眺めていた。
 あのアスマが結婚?
 女にモテないわけでもないくせに、すべてにおいて『めんどくせぇ』だの何だの言っていたあの長男が?
 そういえば最近珍しく洒落たネクタイなんかをつけていたのは、恋人からのプレゼントだったのか?
 頭の中ではいろいろと疑問などを湧いて出てくるものの、誰もがそれを聞く勇気がないままだった。
「悪い。飛行機の時間が迫ってるから、俺はもう行くぜ。じゃあな」
 アスマは、図体がでかいが為に小さく見えるスーツケースを転がしていく。ろくな説明もないまま去って行ってしまった。
 後に残された家族は呆然と立ち尽くした。目の前の人物を見つめながら。
 当のイルカは少し恥ずかしそうに微笑んで立っている。
「そうか、そうか。いやー、イルカさんは可愛いのう。さ、さ、入りなされ」
 誰も動かない中、真っ先に動いたのはほとんど白髪の好々爺で、イルカの肩を押して促している。
「ちょっと待て、じいさん! なに勝手に家に上げてんだ!」
 次男がはっとして止めようとする。
「この家は儂の名義じゃ。勝手に上げてなにが悪い。なぁ、イルカさんや」
 相好を崩す年寄りに、イルカはなんと答えて良いのかわからず戸惑う。そして、カカシたちの方を気にして振り返り振り返りしながら、案内される後をついて行った。
「あんのエロジジイ……」
 文句は腐るほどあるが、家が祖父名義なのは紛れもない事実で、その祖父が許すというのなら反対するのは困難を極める。大人しく後ろ姿を見送るしかなかった。
「なぁ、カカシ兄ちゃん。あの人、俺たちと一緒に住むのかってばよ」
「ああ、家長のじいさんが言うんだから仕方がない。それに結婚したっていうんだから、追い出すわけにもいかないでしょ」
 カカシはガリガリと頭を掻く。
 部屋は北側のが一つだけ空いてる。とりあえずそこを使ってもらって、後は予備の布団を干しておくようじいさんに言っておかなくては、とカカシは頭を巡らせた。
「えーっ、俺今日の食事当番なのに、一人増えたら困るってばよ!」
「ウスラトンカチ。アスマ兄がしばらく戻ってこないならプラスマイナスゼロだろ」
「あっ、そうか」
「ナルト。お前、もうちょっとそのお馬鹿なところが直るといいな」
「ちぇー」
 兄弟がそんな話をしているうちに、もう時刻は八時に迫ろうとしていた。
「おいっ、お前ら。もう学校へ行く時間だ。急げ! 俺はこれからしばらく部屋に籠もることになるから、後は頼んだぞ」
「任せとけってばよ」
 ナルトは元気よく請け負い、サスケは返事をしなかったものの、こくりと頷いた。
 そして、三人は自分の準備をするべく、てんでばらばらに散っていくのだった。


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2004.10.03初出
2011.07.30再掲


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