家に辿り着き、落ち着いて考えてみれば、『好きだ』と言っていなかったということに気づく。
何をやってるんだ。
どうせなら言ってしまえばよかったのに。
どうせならこの想いを伝えてから砕け散った方がいい。
そこまで考えて苦笑する。
もうすでに自分の中では砕け散るのが決定事項のようだ。
それはそうだろう。もしもイルカ先生が俺に好意を持っていたとしても、常識人のあの人が男と付き合うとはとても思えない。
それでもきちんと伝えたいと思った。
本当はずっと一緒にいたかった、あの木の下で。
暖かい日溜まりで微睡んでいたかった。
もし二人でいられるなら世界が滅び去ってもかまわないと思ったんだ。


やはり今日はいないかもしれない。
そう考えると足取りも重い。
もし駄目だったら、アカデミーまで行ってみようか。
けれど、イルカ先生はちゃんと弁当を抱えてそこにいて。
どうしようかと思った。
あれほど『好き』と言おうと決心していたのに、いざ目の前にすると裸足で逃げ出したくなる。
それでも、やっぱり。
「昨日は突然すみませんでした。でもやっぱり俺はあなたのことが好きです。俺と付き合ってください!あなたと付き合えるなら死んでもいい!!」
とりあえず言いたいことを一気にまくし立てる。
「困ります」
ずき。
心臓が痛い。
やっぱり迷惑ってことだよね。
見事に玉砕してしまった。
もしかしたら俺は今、泣きそうな顔をしているのかもしれない。
「死なれたら困る」
「え?」
「だから……付き合った途端に死なれたら、すごく困るんですけど」
「ええっ!?」
その、頬を染める色がまるで桜そのもののようで。
もしかして俺はまだ木の下で昼寝をしている真っ最中なんだろうか。
「そ、それって……OKってことですかっ」
「はい」
照れているのかずっと目を伏せたままだったが、しっかりとした答えだった。
肯定の返事をもらったことがまだ信じられなかった。
「イルカ先生は俺が男でも抵抗ないですか?」
つい聞いてしまった。
「それは…男同士なんて初めてで戸惑いましたけど。でも思ったんです。ずっと一緒だといいなって。いつもみたいに側にいたら、きっと一生幸せな気分で過ごせるんだろうなって思ったんです」
そう言って、いつものように柔らかく笑った。
同じように思ってくれていたのが、何よりも嬉しかった。


不思議なことに、告白して晴れて恋人同士となった翌日に、桜は跡形もなく散ってしまった。
まるで二人の出会いを見守っていたかのように。


+++

出会った頃のことをぼんやりと思い出していた。
ふと気づくとイルカ先生がいない。
どこへ行ってしまったのだろうと部屋を見渡すと、どうやら台所のようだ。
「もう昼飯の準備ですか?」
まだそんな時間ではない。
それなのに、どう見ても何かを作っているとしか思えなかった。
そこには見慣れたお重があった。
「今日のお昼は、お弁当を作ってあの桜の木の下で食べませんか?」
「食べますっ」
どこで食べてもあなたと一緒なら美味しいけれど、それでもやっぱりあの桜の下は特別だった。
すべての始まりの場所だから。


桜の蕾が咲く頃に出会って、桜が散る頃に付き合い始めた。
それが始まり。
そしてこれからは桜が咲いても散っても、ずっと一緒にいるだろう。
これから何度でも。
うららかな春。


END
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2002.03.30


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