砂糖は体に悪いのだそうだ。
みんなそう言う。
摂取しすぎるとカルシウム不足になるだの、キレやすくなるだの、病気になるだの、麻薬性があるだの。料理に欠かせないと言う割には有害扱い。
それに比べてはちみつは身体にいいことばかり。
消化が良くて胃腸に負担がかからなくて? ビタミンもミネラルも豊富で? カロリー控えめ?
みんな、砂糖よりもはちみつが好き。
そう。まるでイルカ先生みたいだ。
俺はきっと砂糖なんだ。
いつだって砂糖は悪者。みんな砂糖なんか好きじゃないんだ。
俺だって思う、はちみつの方がいいって。
だけどみんなが好きだと言って群がるから、悪者の俺は近づけなくなってしまうんだ。
朝目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。
「あれ?」
どこだろう、ここは。
昨夜は火影主催の懇親会とやらで、上忍中忍が入り交じった飲み会だった。それは覚えている。
同僚に囲まれて笑顔を振りまくイルカ先生を遠くに眺めることしかできず、少しは話ができないかと期待して行った俺はすることもなく暇を持て余していた。
飲み会ですることといえば、酒を飲むこと。ほとんど食べないまま飲み続けたせいで、記憶障害が出るくらい泥酔してしまったらしい。
不覚だ。
親切な誰かが連れて帰ってくれたようで、お礼を言わないとなぁと二日酔いで痛む頭で考えた。しかし、それが誰かはまったく分からない。
とにかく起きてその人を捜そうと、のろのろと布団から起き上がろうとした。
そこへ部屋の主がひょいと顔を出す。
「おはようございます、カカシ先生」
「イ、イルカ先生?」
思いも寄らない展開に、慌てて立ち上がろうとして、頭の痛みに蹲った。
「大丈夫ですか? お水飲めますか?」
差し出されたガラスコップにはキンキンに冷やした水が一杯。ありがたかった。
「ありがとうございます」
一気に飲み干してから、礼を言う。
「ご飯は食べられそうですか? 無理だったら味噌汁だけでも……」
「すみません。味噌汁だったら飲めそうかも」
「じゃあ、ゆっくりでいいので、起きてきてくださいね」
イルカ先生はそう言って立ち去った。
何が起こってるんだろう。
昨日何があった? 思い出せ。
痛む頭を抱えて、記憶を探るのに集中した。
そういえば、懇親会の終わり頃に偶然側を通りかかったイルカ先生に抱きついたりしなかったか? そして抱きついたまま離さなかった気がする。
血の気が引いた。
言い訳させてもらえれば、まさか本当のことだとは思ってなかったんだ。現実感がなくて、夢みたいな気がしてて。
なんたる失態。
もしかしてイルカ先生はくっついて離れない上忍を、しかたなく連れ帰ったんだろうか。迷惑をかけられても目上の人間に邪険にできなかった、そういうことだろうか。
おそるおそる台所へと足を運ぶと、よそわれた味噌汁が食卓に置かれる。
「あの……俺、昨日ご迷惑を……」
恥ずかしくて顔を上げられない。
視線の先にある味噌汁は、柔らかな湯気を立てて、むかむかする胸にも美味しそうに見えた。
「たいしたことないですよ。昨日は無礼講でしたから、たまには思い切り酔っ払わないとね!」
イルカ先生の口調は明るくて、たとえ建前の言葉としても救われた。
が、どれだけ迷惑をかけたかいまいち記憶が曖昧なので、その点はきちんと追求しておかなくてはいけない。
「カカシ先生は足取りもちゃんとしててご自分で歩いてたから、苦労しませんでしたよ。ただ……」
ただ!?
そこが重要だ。何をしたんだ、俺は。
「はちみつをしきりに欲しがってらして……でも、うちにはなかったものですから、砂糖じゃ駄目ですかってお聞きしたんですけど」
目の前が真っ暗になりそうだった。
『砂糖じゃ駄目なんです。はちみつじゃないと……はちみつじゃないと!』
どうやら俺は酔っぱらってそんなクダをまいたらしい。
馬鹿か、俺は。酔っ払ってはちみつを連呼するって、いったい何をやってるんだ。
決定的なことを口にしなかったことだけは安心したが、酒乱の乱暴者としか思えない行動に目眩がした。
「すみません。うち、はちみつ置いてなくて」
イルカ先生が申し訳なさそうに謝った。
「いえっ、違うんです!」
迷惑をかけたのは俺の方であって、イルカ先生が謝る必要なんてこれっぽっちもない。だいたい俺ははちみつそのものが欲しかったわけでもない。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません!」
食卓に額をこすりつける勢いで謝った。 「そんな! 顔を上げてください。こういう時はお互いさまです。俺も酔っ払ってカカシ先生に迷惑をかけることだってあるかもしれないし」
むしろ目の前で酔っ払ってもらいたい!と言えるほど、今の俺は恥知らずではない。ひたすらに謝り倒す。
そんな俺を可哀相に思ったのか、イルカ先生は話題を変えようとした。
「でも、カカシ先生がそんなにはちみつ好きだったなんて知りませんでした」
が、それは俺にとっては触れて欲しくない話題だった。
まるで、俺のことが好きだったなんてまったく欠片も知りませんでした、と言われているようで心臓に悪い。
ええ、そりゃあなたは知らないでしょうよ、隠してますからね!
「いえ、好きというか、砂糖が身体に悪くてはちみつならいいって言うでしょう? だからみんなはちみつが好きで、砂糖は人気がなくて。俺もはちみつを好きだけど砂糖でしかなくて、ええとええと……」
誤魔化そうとして、結局答えにもなっていない意味不明なことを言い続けただけだ。もう収拾がつかない。 「……でも、俺は砂糖も好きですよ?」
イルカ先生はそう言ってくれた。 たとえそれが本当にただの砂糖への感想だったとしても。うまく話せない子を否定しないであげる優しさだったとしても。
そう言ってくれただけで俺は嬉しくなってしまうんだ。 「あのっ、今度ご迷惑をかけたお詫びに、奢らせてくださいっ」
舞い上がって、遠くで見ているだけだった俺が、誘ってみたりしている。驚きだ。 「奢ってもらうほど大層なことをした覚えはないですけど……でも、カカシ先生とはゆっくりお話したいなと思っていたので、今度飲みに行きましょう」
笑顔で了承されて、もしかしてこれもまだ酔っ払って見ている夢の続きなんだろうかと疑った。
勧められた味噌汁を啜って、その具が俺の好物の茄子だったことも疑いに拍車をかけた。
こんな都合のいい展開が現実なんてありえない!
きっとその『今度』は永遠にやってこなくて、浮かれて会いに行った俺はそんな約束をした覚えはないと冷たく言われるに決まっているのだ。
ああ、でもそれまではもうちょっと夢見ていたい。
にこりと笑うイルカ先生に、
「味噌汁、美味しいです」 と俺は言ってみたのだった。
はちみつな彼にシュガーな俺。 果たしてこの恋はうまくいくんだと思う?
END 2010.07.31 |