目を覚ますと、子供がわぁわぁ騒いでいた。
「カカシ先生!」
「ごめん。わざとじゃないんだってばよ!」
「悪かった……」
何を謝っているのかさっぱりわからなくて、どうしたものかと考える。
「カカシ先生?やっぱり頭を打ったから、気分悪いの?」
「あっ、血ぃ出てるー!」
一瞬も黙っていない子供たちは少し五月蠅かったが、きっと心配してくれているんだろうと思えた。
がしかし。
それよりも大事な問題があった。
「あのー、申し訳ないんだけど……どちらさま?そんでもって『カカシ先生』って、もしかして俺のこと?」
恐る恐る訊ねると、子供たちは眼を見開いたまま口をあんぐりと開けてしまった。
慌てて病院に連れていかれて、検査やら何やらを受け、じっと待つこと数時間。
医師が言うには「記憶喪失です」ということだ。
はぁ、記憶喪失。
自分がそんなものになるとは思っていなかったけれど、まあ今のところ支障はない。身体も動くしチャクラを練ることもできる。飯も問題なく食えるから、差し迫った問題は何もないと言っていい。
医師もしばらくすれば記憶は戻ってくるだろうと言うので、何もしないでいられる休暇みたいなものだと思っている。
しかし、暇だ。
さっきまで最初に会った子供たちや髭を生やしたおっさんなんかがわらわらと居たけれど、それも帰ってしまった今となっては病室もガランとしている。
することなど何もなく、かといって一人で記憶を手繰ろうとするのも面倒で、この部屋唯一の出入り口をぼんやりと眺めていた。
誰か入ってこないかなぁ。
その願いが神に通じたのか、扉が静かに開いた。
その人は俺が寝ているだろうと思っていたらしく、目が合うと驚いたように固まった後、少しだけ口の端を上げて微笑んだ。
これはきっとたぶん、俺の好みのタイプってやつだ、と直感した。
記憶はないけれど間違いない。
黒目がちの瞳に、少し困ったように顰められた眉。黒い頭の上にはぴょこんと出ている馬の尻尾。愛想笑いですら好感が持てる。
可愛いなぁ。名前教えてくれないかなぁ。
そこまで考えて、はっとした。
もしかして知り合いなんだろうか。そうだよな、病室に来るくらいだからな。
「もしかして、俺の知り合いの人ですか」
「俺は、うみのイルカと言います」
うみのイルカ、かぁ。
なんとなく外見にあった名前だなと思いながら、じっと顔を見つめていると、思いつめたような表情で俺と向き合った。ドキリとしながら何かを言われるのを待った。
「実は、俺は、あ、あ、あなたの恋人だったんです!」
ええっ!まさか本当に?
っていうか、それって棚ぼたなんだけど!
そうなのか。記憶のなくなる前の俺って、すごい運が良くて幸せ人生を送っていたのか。
思わず顔がにやけてしまいそうになって、慌てて誤魔化しながら、
「そうだったんですかー。だからあなたを見ると懐かしく感じるんですね。ごめんね、恋人のことを忘れたりして」
と心から謝った。
恋人が自分のことを忘れているなんて悲しいことだ。俺が忘れられたら絶対泣くね。
すごく悪いことをしてしまったような気がして、しょんぼりしていたその時。ふと頭の中に浮かんだ。
『イルカ先生』
もしかしてそう呼んでいたのかもしれないと思った。なぜかそう確信できた。
確認してみると正しかったこともあって、早く全部を思い出してあげたいし、自分でも出会ってから今までのことを何もかも思い出したいと思った。
無理矢理強引にイルカ先生の家に押し掛ける形にしてしまったのも、少しでも一緒にいたい気持ちがあっただけで、実は他の記憶はどうでもいいやと思っていた。
イルカ先生とのことさえ思い出せば、後はどうとでもなるだろう。だからそれだけでいいんだから、早く思い出さないかなぁと思う。
しかし本人が目の前にいると、どうしてもそれだけで満足してしまって、なかなか思い出す努力には繋がらないのだった。
「カカシ先生」なんて呼ばれるたびに心臓はバクバクするし。
たしかに「カカシ」というのは自分の名前なのだろうと実感する。頭ではなく身体が反応するから。
いや、でもホントにこんなに幸せでいいのかなぁ。
目が覚めたら夢でした、なんていうのは今さら受付不可だよね。
なんか幸せすぎて、記憶喪失になってよかったな、俺。
そんな毎日を送っていた。
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2003.10.11 |