最初はカカシもイルカの豹変ぶりに戸惑っていた。しかし、それでも恋する男にはたいした障害ではなかったようで、暗部なイルカ先生も綺麗でかっこよくて素敵だと胸をときめかせながら闘う姿をずっと見つめていた。
そして今、イルカは荒れ野に立ち尽くしている。倒れた敵の中、満足げに笑っていた。
カカシがふらふらと近づこうとしたが、さっきイルカに声をかけた隊長がカカシを留めた。
「危険だからよした方がいい」
「でも……」
押し問答をする二人に、その隊長の部下らしき人物から声がかかった。
「隊長!今日はいつにも増して凶暴です。近づけません!」
その部下は小さなビンを手にしていた。カカシがそれはなんだと問う前に、隊長が指示を下した。
「仕方ない。風上から胡椒を飛ばせ」
「はいっ」
その忍びは言われるままに風上へと移動していく。あの小さなビンはどうやら胡椒らしい。
「いったい何を?」
訝しむカカシが自分の腕を掴む人物に説明を求めようとしたそのとき、風上から撒かれた胡椒がイルカへと到達した。
「ぶぇっくしょん!」
豪快なくしゃみの音が。
同時にぼわんという音と共に煙が発生し、それが薄れてきた中心にはちょこんと立つ姿も愛らしい子供が存在していた。
「ええっ?」
カカシは思わず驚きの声を上げた。
なぜならそれは紛れもなくイルカだったからだ。たとえ小さな子供の姿であろうとも、見間違えるはずがなかった。
「残念。あれだけの量の胡椒だと、撒いてもくしゃみは一回か……」
驚くカカシを余所に、隊長はブツブツと呟いている。
「隊長!どうしますか」
「下手にくしゃみを誘発して凶暴に戻っても困る。今日はこのまま里へ連れ帰ろう。里なら専門の医療チームがなんとかしてくれるだろう」
「はいっ」
カカシは側でそんなやりとりがなされているのも聞いているのかいないのか。小さいイルカを『か、可愛い!』とブルブル震えながら見つめていた。
暗部の人間が近づこうとしたためかイルカが泣き出しそうに顔を歪めるのを見て、ようやくカカシはハッと我に返った。
それから超高速で移動し、誰よりも早くイルカの前に出ると「こんにちは」とにっこり笑った。
小さな背丈に合わせるようにしゃがむと、ちょうどカカシの目とイルカの目が水平の位置に並ぶ。イルカは大きなくりくりとした眼でカカシを見つめていたが、上から見下ろされないことで少し緊張が解れてきたのか「こんにちは」と挨拶を返してくる。
「大丈夫だよ。怖くないからね。俺と一緒に里に帰ろうか?」
カカシがそう尋ねると、イルカは嬉しそうに頷くのだった。
里へと戻る道中、イルカは小さな身体のせいで疲れたのか、カカシに背負われたままくーくーと寝息を立てていた。
カカシはずり落ちていかないようにしっかりとおぶりながら、起こさないよう声を潜めて話す。
「いったいどういうことなんだ?」
事情を知っていそうな隊長に説明を求めると、返ってきた答えはこうだった。
イルカは多重人格であること。
くしゃみがきっかけで人格が入れ替わってしまうこと。
人格が入れ替わると、それにあわせて無意識に身体も変化していること。
説明されてカカシはようやく納得がいった。
あの凶暴なイルカも可愛い子供の姿のイルカも複数ある人格の中の一つなのだ。
「多重って、いくつ人格が?」
「私が見たことがあるのは四つだな」
なかなかに慎重な人物だなとカカシは感心して男を眺めた。
見たことがある。ということは、まだ未確認な人格も存在するかもしれないということだ。たしかにその可能性はある。それを客観的に判断できるのは、たしかに火影から直々にイルカのことを頼まれていたというだけはあるとカカシは考えていた。
「今までくしゃみの調整はすべてハヤテがやっていたので、今回はうまく元に戻してやれなくてイルカには悪いことを……」
「ハヤテって月光家の?」
「そう。しょっちゅう咳をする奴で、そのせいか何故かくしゃみに精通していた……惜しい人物を亡くしたもんです」
しんみりと語る隊長を前に、カカシはそれ以上詳しいことを聞くのも躊躇われ、結局そのまま里の大門前で別れたのだった。
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2004.11.27
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