それからのイルカは、翌日から無理に笑顔を作って周りに暗い顔を見せまいと努力していた。
しかしその日の夕方、七班の報告書を提出に来たカカシが、
「今日こそ食べに行きましょう。約束してたでしょう?」
と誘うので、イルカも戸惑いながらも元の笑顔が戻ってくる。
社交辞令だと思っていたけれど、きちんと覚えていてくれるなんて。深い沼底に沈んでいきそうだった気分も浮上しそうだ。
イルカの終業時間に合わせて門の前で待ち合わせ、これから二人連れ立って歩き出した時に呼び止められた。
「はたけ上忍! 大変申し訳ありませんが、任務依頼です」
申し訳ないどころか勝ち誇ったように言うのは、わざわざここまで追ってきた受付事務官だ。
「任務ってこれから?」
カカシが顔を顰めて牽制するが、相手も一歩も引かない。
「はい。『写輪眼のカカシ』にぜひにとご指名です」
ぐいぐいと依頼書を押しつけられ、内容を読んだカカシは溜息をつく。
「イルカ先生、すみません。どうやら今日は行けそうにありません……」
項垂れるカカシに、イルカはぶんぶんと首を横に振る。
「そんなっ、任務だから仕方ありません。……どうか気をつけてくださいね」
わざわざ指名されたのは難しい任務だからに違いない。イルカは心配そうに潤んだ瞳でカカシを見つめる。
カカシが思わずイルカに向かって手を伸ばしたその瞬間、
「はたけ上忍、急いでください。時間が迫ってます!」
親の敵のように睨む事務官に阻止される。
今日の功労賞はお前だ、と親衛隊の面々から賞賛されるのは確実だった。
先程まで強気だった事務官は、イルカに対しては緊張の笑みを浮かべ、『お疲れさまでした』と小声で挨拶すると、そそくさと去っていった。
翌朝、イルカがアカデミーへと向かう途中。思いがけずカカシと会い、挨拶を交わす。
昨日の任務はどうでしたか、とイルカが問いかけようとした時に、軽やかな声が聞こえた。
「おはようございます!」
「おはよう、サクラ」
イルカも久しぶりに元教え子に会った。
優等生だったサクラのことだから心配することはないが、元気そうでしかも日々成長している姿を確認できるのは元担任として嬉しいことだ。思わず笑顔が溢れる。
「何、どーしたの」
「今日はどうしても遅刻できないから、迎えに来たんですよー」
だってカカシ先生遅刻ばっかなんだもの。サクラは少々ふくれっ面でそんなことを言う。
「サクラは偉いなぁ」
「えへへ」
イルカに誉められ、くすぐったそうにサクラは肩を竦める。
「じゃあ、今日も頑張って任務に行っておいでサクラ。ナルトとサスケによろしくな」
サクラは任せてくださいと頼もしげに胸を張り、カカシの腕を引っ張る。
カカシは渋々ながらもそれについて行くしかない。
「いってらっしゃい、カカシ先生」
イルカはそう言って見送った。
その日の昼休み。
今日のお昼ご飯は何を食べよう、とイルカが迷っていると名前を呼ばれた。
「イルカ先生」
振り返るとそこにはカカシが。
「カカシ先生! どうしたんですか?」
「今日は早く終わったので。昼飯でも一緒にどうかなぁと思って」
「本当ですか? わぁ、珍しいですねお昼ご飯を一緒に食べるなんて」
イルカの表情も思わず綻ぶ。
たとえ昨日の埋め合わせと思っているだけでも嬉しい。
しかし、またしても呼び止められる。
「イルカ先生! おたくのクラスの子供が大変なんです!」
「えっ。今すぐ行きます!」
聞いた瞬間にイルカの身体は駆けだしていたが、走りながら振り返った。
カカシは少し困ったような表情ながら、笑みを浮かべて手を振っている。
申し訳ないことをしてしまった。いくら急いでいたからといって何も言わずに飛び出すなんて。
何か用事があったのだろうか。だから朝といい今といい、わざわざ会いに来てくれたのでは。何の話だろう。もしかして会いたかったからとか?
イルカはそこまで考えて首を振った。
まさか。そんな期待をして後で落ち込むのは自分なのに、馬鹿だなぁ。
少し苦笑して、走る脚を早めた。
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2006.09.30 |