「あれ、熱くないんですかねー」
「もちろん熱いですよ。冷めていたら固まってしまいますからね。素人がすると火傷しますよ」
「へぇー」
初めは物珍しくて眺めているのかと思っていたが、なかなか動こうとしないカカシにイルカは声をかけた。
「もしかして欲しいんですか?」
「はい」
返事もそこそこにまだ眺めたままのカカシ。
しかし、その飴細工屋はかなりの繁盛で、たとえ今頼んでも出来上がるのはまだまだ先の話になりそうだ。興味を示してくれたのは嬉しいが、時間がかかってしまってはこの興味もすぐに冷めてしまうだろうとイルカは考えた。
「他を回ってからまた来ましょうか」
と提案するが、カカシは首を縦には振らなかった。
それほどまでに望むものなら、と手に入れてやりたいとイルカは思った。幸い、自分にはそれができるはずだ。
「どんなのがいいんですか?」
「あの水色の海豚がいいんです」
指差した先には、店先に見本として並べてある海豚の形の飴細工があった。それが欲しいというカカシに苦笑しながら、それでもあれがこの人にとって特別なものでありますようにと密かに祈る。
「わかりました。ちょっと待っててください」
「イルカ先生?」
「すぐですよ」
イルカは笑って出店に足を向ける。
「おっちゃん、ちょっと飴を分けてくれよ」
「お?なんだ?」
「おっちゃんが忙しそうだから自分で作ってもらっていくよ」
「ああ。好きにしな」
職人気質の寡黙な男は、それでも子供相手という職業柄かぶっきらぼうな優しさをみせて、飴を分けてくれた。
ぱちんぱちんと切り込みを入れ手で引っぱったり押しつけたり、ただの塊だったものが次第に背ビレがつき、口が突き出て尻尾が出来上がっていく。
「はい、完成です」
カカシの手に握らされたそれは、たしかに水色の海豚だった。透明なビニール袋を膨らませた中にちょこんと存在するその生き物。
「イルカ先生、これ・・・」
カカシは狐につままれたような顔をして、海豚とイルカを交互に眺めた。
「昔、潜入任務で飴細工を習ったことがあるんです。子供に近づくには最適でしょう?」
「ああ!そうか、ビックリした」
イルカの説明に納得し、驚きが冷めてから後はじっと飴を眺めていた。そして、いかにも嬉しそうに目を細めて笑った。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「そういってもらえると、腕を振るった甲斐があります」
「ずっと宝物として取っておきます!」
喜び勇んでカカシが言うと、イルカはクスリと笑った。
「何が可笑しいんですか」
「駄目ですよ。飴細工は溶けてきますから。せいぜい上手く保っても三ヶ月ぐらいですね」
「ええー、そうなんですかぁ?」
不満げに口を尖らせているが、こればかりは仕方がないとイルカは溜め息を吐いた。
溶ける前に形を楽しみながら舐めるか、それとも溶け始めてから舐めるか。ともかく飴細工とはそういうものだ。
しかし、カカシの態度からすれば、きっと完全に溶けてしまうまで飾っているだろうと簡単に予想できた。
「あ、そうだ。もう少し待っててください、カカシ先生」
「え。はい」
イルカは急いでまた飴細工の店に行き
「おっちゃん、もう一個いいかい?」
と尋ねた。
「ああ、いいぜ。兄ちゃんはなかなか筋がいい。俺の跡継ぎにならないか」
などとからかい、男はイルカを気に入ったようだった。
カカシはまた何が始まるのだろうと思いながら、魔法のように作り上げられる飴細工をじっと眺めていた。
「おっちゃん、ありがとう。お代はここに置いておくから」
出来上がった飴細工を手に、イルカがそう言うと
「いいんだよ、持って行きな。ちょっと飴を分けてやっただけで金は取らねぇよ」
と男は気前よく言い放った。
「ありがとう!」
イルカは満面の笑みを浮かべて礼を言うと、カカシの元へ駆け寄った。
「はい、これ」
差し出されたのは案山子の飴細工だった。
「これ・・・」
「だって一人だと寂しいでしょう?」
ぽつんと海豚だけが飾ってあるのはきっと寂しい。だから。
「・・・どうしよう。すっごく嬉しいんですけど」
カカシは、二つの飴細工を壊さないよう細心の注意を払いながら握りしめた。
こんなことぐらいで喜ぶなんて子供みたいだ、と思いながらもイルカは喜んでもらえて満足だった。
「よかった。じゃあ、他も見て回りましょう」
「いえ!今すぐ帰りましょう」
「え?どうしてですか?」
「だって、人混みで押されて飴が潰れたらどうするんですか!」
カカシの真剣な抗議にイルカは苦笑しながら、
「じゃあ、迷子にならないように手を繋いで帰りましょうか」
と提案した。
小さい頃の記憶の一部分だけが妙に鮮明に思い出すいくつかの場面があって、今この時もいつか鮮明に思い出す夏の記憶の一場面になるのだろうか。
そう思いながらイルカは手を伸ばしたのだった。


END
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2003.08.23


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