「そんなことあるわけないじゃない! 俺が奴隷だって言ったのは、イルカちゃんが好きだから逆らえないっていう意味なんだよ」
「ほ、ほんとに?」
「もちろん」
力強く頷くカカシは嘘を言っているようには見えなくて、それでは嫌われてるわけではなかったのだと安堵する。
「なんで急にそんなこと言い出したの?」
「ちゃんと独り立ちしないと迷惑だって親切に教えてくれた人がいて……」
「それ、誰?」
「えっとね、テンゾ…じゃなくて、ヤマトさん!」
危ない危ない。また言い間違えるところだった。
「テンゾウ?」
「うん。はっきり言ってくれるいい人だね」
言いにくいことを指摘できるってなかなかできないことだ。きっと上司にだってきちんと意見をできる優秀な人なんだ。
しかしカカシは賛同してくれなかった。口元をぴくぴくさせて低い地を這うような声を出す。
「テーンーゾー」
「は、はいっ」
「お前にはゆっくりじっくりいろいろ教えないといけないことがあるから。また今度ね」
笑顔だけどちょっと怖い。
「恐怖による支配……さすが先輩……」
ヤマトさんがブツブツと呟いている。
大丈夫かな、ヤマトさん。
ちょっと普通じゃない様子に心配している中、
「じゃあ、イルカちゃんが迎えに来てくれたので、俺はこれで失礼しまーす」
とカカシは軽やかに周りに宣言したのだった。
手を引っ張られて家へと帰る道すがら、ふと立ち止まった。
「ねぇ、カカシ」
「ん、なに? どうしたの、イルカちゃん」
いつも通りの優しいカカシ。
さっきの騒動でうやむやのまま店を出てきてしまったが、どうしても聞いておかなければ。
「カカシは俺の子分じゃなかったの?」
俺はずっとそう信じてきたのに。そうじゃなかったなんて青天の霹靂だ。
「うん、ごめんね。俺は昔からイルカちゃんを好きなただの男だよ」
初めて会った時からだとカカシは言う。
知らなかった。
「好きだから何でもしてあげたかったんだ。嫌々やってたことなんて一つもないよ」
よかった、安心した。
本当はわがままばかりのお荷物で、カカシに嫌われていたらどうしようってそれが一番心配だったんだ。
安心すると同時に喜びが湧き上がってくる。
好きな人に好きになってもらえるなんて、すごい幸運。
「わかってた? 俺なしじゃ生きていけないように大事に大事に育ててきたんだよ」
うん。カカシなしじゃきっと生きていけない。いろんな意味で。
「もう俺のこと嫌いになった?」
ふるふると首を振る。
そんなわけない。
カカシを嫌うことなんてあるわけがない。どうしてそんなこと考えるんだろう。
「どうして?」
「だって、イルカちゃんを騙してずっと側にいたんだよ?」
俺は幸せだったから騙されたなんて思ってなかった。ただびっくりしただけで。
でもカカシにとっては気になることらしい。
「許してくれる?」
カカシは許されることを望んでいる。
俺にとってはまったくもって当たり前のことであっても、カカシが不安に思うならそれを取り除いてあげなくちゃ。
だって俺は親分になるってあの時約束したんだし。たとえカカシがそう思ってなくても、いわゆる仁義ってものがあるんだ。
「……俺の好きなラーメン作ってくれたら許す。恋人になってあげてもいいよ」
昔からの仲直りの合図。
いや、ただ単にささいなことでふて腐れたりする俺が、機嫌を直すきっかけの提示。
合図を出すと、困り果てていたカカシが破顔するのだ。それがひそかな楽しみだったりする。
「じゃあ、カカシ特製スペシャルラーメン作ってあげるね」
そう言われて思わず涎が出た。
くそっ、食べ物につられる卑しい子みたいじゃないか。
でもあれはすごく美味しいんだ。麺に絡む出汁が絶品で、下手な店なんか全然及ばないくらい美味しい。
「ねぇ。それ、煮卵もついてる?」
心配になってそう聞くと、
「もちろん」
とカカシは嬉しそうに笑った。
よかった。
何がよかったって、今まで通りずっとずっと一緒にいられるってことが。
これ以上の幸せはないなぁと心から思った。
END
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2007.10.13 |