ダンと何かがぶつかる音がして。
急に視界が反転して背中が熱いと感じた。
気づけば、床に倒されて押さえつけられていた。
「写輪眼はそんなに気持ち悪い?視界にはいるのも嫌?」
まっすぐに射るように見つめてくる瞳が目の前にあった。
怒らせてしまった?
瞬間的にそう思ったけれど。
いや、傷つけてしまった。
本当は泣き出しそうなのを我慢しているいつもの瞳。
少しだけ顰められた眉は怒っているわけではないと物語っていた。
自分のみっともない見栄やどうしようもない望みのせいで、好きな人を傷つけてしまったのだ。
そんなつもりはなかったのに。
悲しい思いをさせるくらいなら、自分の気持ちを正直に伝えて嫌われてしまった方がマシだと思った。
その方がいい。
「違います。ごめんなさい。俺が写輪眼を見たくないのは、嫉妬してるからです」
「え?」
「あなたが好きです」
何を言われたのかよくわかっていないように、小首を傾げてじっと見つめられた。
「好きだから……嫉妬したんです。悲しくても泣けなくなったカカシ先生のかわりに涙を流してくれる写輪眼に、あなたの親友に」
誰かに守られているあなたを見るのが辛かったこと。
自分が守ってあげたいと望んだこと。
自分だけを見て欲しいと願ったこと。
出来るだけ正確に伝えようとするのに、舌が震えて口が思うように動かない。
それでもなんとか言い尽くして、ため息を吐いた。
「あなたはきっと笑うでしょうけど」
馬鹿な奴だと呆れるでしょうけど。
それでも好きなんです。
「……なんだ、そうだったんですか。俺はまた、写輪眼のせいで嫌われたとばかり思って悩んでたんですよ」
「誤解を招くようなことをしてすみません……」
胸が痛んだ。
許してください、なんて言えるはずもない。
守りたいなんて思っておいて、逆に傷つけるなんて。
「あの…もう一度言ってもらえますか」
遠慮がちにかけられた言葉に、もしも許してもらえるなら何度でも謝ろうと思った。
「ごめんなさい」
謝罪すると、困ったように微笑まれた。
「そこじゃなくて……『好きです』のところ」
「え?」
「っていうのはやっぱり卑怯かな。もう一回言ってもらえたら、俺も告白する勇気が出る気がしたので」
「は?」
カカシ先生が何を言っているのかよくわからないのは、自分の頭がどうかしてしまったからなんだろうか。
「イルカ先生が好きです。ずっと前から。たぶん初めて会ったときから」
信じられないけれど、嘘をついているようには見えなかった。
「本当に?」
「本当です。ずっとね、任務の後に会うのが楽しみだったんですよ」
そう言われて嬉しかった。
少しでもそう思っていてくれたなら、よかった。
「写輪眼は嫌いですか」
単純なことに、見るのも嫌だった写輪眼も、今はもうただの瞳だった。
いや、大好きな人を守ってくれる愛おしい身体の一部でしかない。
きっとそれがないカカシ先生など想像できないだろう。
顔を横に振ると、カカシ先生は嬉しそうに笑った。
「よかった。イルカ先生がこの眼が嫌いなら、こんなもの貰わなければよかったって思ってました。…俺も勝手だな」
そう思ってくれるなら、嬉しい。写輪眼よりも大切に思ってくれるなら、これ以上望むことなんてないと思った。
「あなたが好きです。誰よりも」
もう一度伝えたくて、口にしたそのとき。
「あ」
カカシ先生の右眼からぽろりと涙が。
「なんか安心したら涙が出てきちゃいました。ははは」
左の眼からは悲しい涙。
右の眼からは嬉しい涙。
「右の眼は俺のモノですか?」
「ホントは左の眼だって、右の眼だって、他のどこだって全部イルカ先生のモノなんですけどね」
笑いながらそんなことを言う。
生きていく苦しみも悲しみも、そして喜びも、すべて分けてもらおうと思った。
「そのかわり、イルカ先生は全部俺のモノだから」
そして、すべてを分かち合うのだ。
初めて交わした口づけは、ほんのり塩の味がした。
それに気づいて、お互いに顔を見合わせてちょっと笑った。
こうして俺は、だれも知らない泣き虫のあなたを手に入れた。
END
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2002.10.12 |