なぜなら、今の俺はクナイだこがある手でしかないからだ。違う世界の人。
「残念ながら会うことはできません」
「どうしてですか」
「調査の結果、あなたが息子さんを預けたうみのは十三年前に亡くなっております」
「えっ。それじゃあ……」
「十三年前にこの里を襲った九尾という化け物は、多くの人間の命を奪いました。うみのも息子さんもその一人です」
名乗るつもりがないのなら、中途半端に期待させるようなことは避けようと決めた。
だから、一緒に亡くなったと報告する。
言い過ぎかとも思った。けれど、生きていると言えばきっと会いたくなる。
長期任務で外へ出ているからと誤魔化してしまえば、来年また田んぼも畑もない冬の季節に会いに来るだろう。こんな遠方の地まで。夏場に働いて得たわずかな蓄えを切り崩してでも。
そんなことをさせたいわけじゃない。だから嘘をつく。
そして、どうせなら十三年前のあの時本気でそう望んでいたことを、せめて嘘でもいいから叶えてみたいという願望故に。
報告を聞き、目の前の人はみるみる涙が溢れてきてハンカチで口元を覆った。
「大丈夫ですか?」
噛み殺した声や震える小さな肩が、ますます胸の痛みを強くする。
せめて何か言ってあげたい。
「俺は……実は俺も血の繋がらない両親に育てられました」
突然と語り出した内容に驚いたのか、女性は顔を上げる。
「俺の両親は早くに亡くなりましたが、あの二人の子供として育ったことを誇りに思っています。そして今現在もこの上もなく幸せです。今の俺がいるのは産んでくれた人のおかげです。あなたの息子さんもきっと最期の瞬間まで幸せで、産んでくれたあなたに感謝していたと思いますよ」
「……そうですね、きっと。幸せだったのならいいんです。幸せに暮らしていたのなら、もうそれだけで」
ありがとうございます、と。
頭を下げられて、ぐっと唇を噛みしめた。
しばらくして涙も止まった頃、依頼人は用事が済んだのならもう家へ帰らなければ、と言い出した。
「今日立つのですか?」
「ええ。次男夫婦が私の帰りを待っていますから」
そう言われると引き止めることもできない。
大門まで送りますと言えば、少し嬉しそうに微笑んでくれた。二人並んで歩き出す。
あたりさわりのない世間話をしながら大門へと向かった。
「あの……忍者のお仕事は辛くありませんか? 怪我をしたりはしませんか?」
「俺は幸いアカデミー教師をしているので、そういう任務はあまりまわってこないのです」
本当は教師だってアカデミー以外の任務も回ってくる。危険が全くないというのは忍びである以上嘘だ。
けれど。
「そうですか。よかった!」
安堵の溜息をつく姿を見れば、『嘘も方便って言葉もあるのよ』と言っていた母の言葉を思い出した。そう、何もわざわざ余計なことを言ってこの場を気まずくすることはない。
歩いている途中に、偶然五代目と会った。
見送りをするのだと報告すれば、なぜか五代目が自分も行くと言い張って強引についてくることとなった。
忙しい人なのにいいのだろうか、と心配になる。
「お役に立てず申し訳なかった」
五代目が頭を下げると、女性は首を振った。
「いいえ!……わかっていたはずなんです。うみのさんに預けてしまったあの時から、もう道は別れてしまったことぐらい。でもどうしても諦めきれずに未練がましくここまで来てしまって……」
「そんなことはない」
「でもこの里へ来てよかった。本当にそう思っています」
そう言って何かを吹っ切ったような笑顔を見せた。
少しだけ安堵する。納得してもらえたのなら嬉しい。
「あの……最後にもう一つだけ。あなたのお名前を教えていただけませんか」
「え」
急に話しを振られて戸惑った。
「あの、ほら! 親切にしていただいたから、知りたくて……」
「イルカと言います」
「『イルカ』……」
「父が、広い海原も自由に泳ぎ回る海豚みたいに生きられるように、と名付けてくれました」
「素敵な名前ですね」
「……ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございましたイルカ…さん」
その女性は何度も足を止め、振り返ってはお辞儀をし、しばらく進んではまた振り返りを繰り返しながら自分の家へと帰って行った。


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2006.03.11


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