少し日数が掛かった任務が無事終了したため、ようやく数日休みを貰えた。
が、しかし。一人で休んでいても味気ない。
平日のイルカ先生はもちろんアカデミーだから、彼が帰ってくるのを一緒に住むアパートでぼーっと待つぐらいしかすることがない。
どうせなら土日に休みがかかっていれば、と思ったが、そんなもの自分の力ではどうにもならないタイミングというものだ。
せめて簡単な夕飯でも作っておこうかと考えている夕方に、突然と電話のベルが鳴った。
ちょっと驚いた。
今まで電話がかかってくることなんてめったになかったからだ。置物かと思っていたくらいだ。
それでも上忍の条件反射か、思わず受話器を取る。
「もしも…」
「イルカいるぅ?」
言い終わらないうちに、甘ったるい声が受話器から聞こえてくる。
呼び捨て、呼び捨てだ。
目の前が暗くなり、顔からすーっと血の気が引いた。
「……留守です」
かろうじてそれだけは答えた。ほとんど意地と条件反射だったと思う。
ちっと舌打ちが聞こえた。
「え〜、じゃあいいわ。また後でかけるから」
がしゃんと受話器を置く音が耳に響いた。
ぶるぶると震える腕は、砕け散りそうなくらい力を込めて受話器を握り締めていた。下ろす時にはヒビが入っていたくらいだ。後できっとイルカ先生が怒るだろうとちらりと頭を掠める。
いや、そんなことはこの際どうでもいい。
名前を呼び捨てだった。女の声で親しげに。
この状況はどうひいき目に見ても浮気だろう。酷い、イルカ先生。女の方がいいのは仕方ないとしても、何もあんな頭悪そうなのがいいなんて!
いや違う。頭が悪そうだろうが良さそうだろうが関係ない。俺以外だという点でもう駄目なのだ。
帰ってきたら問い質す!と意気込んでいたのだが、ふと怖い考えに辿り着いてしまった。
浮気じゃなくて本気だったらどうする?
俺と別れてあっちと結婚しますとか言われたらどうする?
呆然だった。
すべてが終わり。ゲームオーバーだ。
いや、別にこれはゲームではない。俺は真剣そのものでふざけているつもりは毛頭無い。ただの言葉の綾だ。
けれど、当事者の意志に関係なく強制的に終わってしまうところは、ゲームオーバーとよく似ている。
もしもそうなってしまったら、どうしていいかなんてわからないよ……。
今その女が何処の誰だか突き止めて、脅しまくって遠ざけたとしてもイルカ先生に嫌われたら意味ないし。
「君を殺して僕も死ぬ。アデュー」とイチャパラシリーズのどれかで誰かが言ってたけど、そんなこと俺にできるのか。むしろ自分だけ死んだ方がいいんじゃないか、いやそれだと邪魔者の俺だけが居なくなってみんなハッピーじゃないか!あああああ。
畳の上をのたうち回っているまさにその時に、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま〜」
なんともタイミングよく、いや悪い時にイルカ先生は帰ってくる。
時計を見ると、電話がかかってきてから意外と時間が経っていることに気づいた。もう窓から見える景色は真っ暗だ。考えることに没頭していて気づかなかった。
「今すぐ夕飯作りますね」
イルカ先生はエコバッグとやらいう袋から、買ってきた食料を取り出し始めた。
とりあえず電話のことは言わない。
安易に伝えてゲームオーバーになるわけにはいかない。どうするかじっくり考える猶予が必要だ。そう心に決めた。
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