夕飯はイルカ先生のおかげで手際よくできあがり、食卓を彩った。
一緒に食べながら今日あったことや他愛のない話をする。ふと話が途切れた合間にイルカ先生が尋ねてきた。
「カカシ先生。今日俺宛てに電話がかかってきませんでした?」
「え」
まさか聞かれるとは思ってなかった。普通は隠そう隠そうとするものだろ?
それを堂々と聞くということは、つまり別れ話をする覚悟ありってことだ。
心臓がばくばくと音を立てる。
「さあ?」
とりあえず誤魔化してみる。
どうする。どうしたらいい。
「そうですか。おかしいなぁ、俺のところはかけなかったのかな……」
俺のところ? 言い方が少し変じゃないか? アカデミーにもかかってきたのだろうか。
「今日ね、アカデミーの子が男性教師の家ばかり狙ってイタズラ電話をかけまくったみたいで。同僚の奥さんとか恋人とかが怒って職員室まで電話してきて大変だったんですよ」
「いた…ずら?」
「ええ。成績も良い女の子だったのにどうしたんでしょうね。もうすぐ卒業試験だからプレッシャーなんかでストレスが溜まってたのかなぁ」
イルカ先生の話は延々続いていたが、もうそれを聞いているどころではなかった。
浮気じゃなかったんだ! ただのイタ電だったんだ!
「カカシ先生?」
黙り込んでいる俺を不思議に思ったのか、イルカ先生が俺の顔を覗き込んでくる。そしてぎょっとした顔になった。
「ど、どうしたんですか。泣いたりして! 目が痛いんですか!?」
尋ねられて初めて自分が目から涙を流していることに気づいた。
うわ、恥ずかしい。
「いや、安心したら気が抜けちゃったというか……」
「は? 安心って何が? 何があったんですか」
誤魔化そうとしたが、意外なところで鋭さを発揮するイルカ先生に問いつめられ、正直に言うしかなかった。
実は電話があったということ。
浮気じゃないかと疑ったこと。
おそるおそる言ったが、イルカ先生は笑った。
「馬鹿ですねぇ。そんなの『かかってきた』って言えばよかったじゃないですか」
「でも……」
「だってカカシ先生は俺の恋人でしょう? 『なんで、どうして!』って怒っていいんですよ、アカデミーに怒鳴り込んだっていい」
「いいんですか!?」
そういうのはみっともなくうっとうしいもの。少しでもそういう素振りを見せたら嫌われる、そう思っていた。
「やきもちやいてくれるほど自分のことが好きなんだなって、ちょっと嬉しかったりしますよ」
驚いた。そういう風に解釈されるとは思ってなかった。
ああ、でも逆に考えてみると俺だってそりゃ嬉しいだろうと思う。イルカ先生がやきもちを焼いてくれたりなんかしたら、しばらく飯も食べずに暮らせそうだ。
イルカ先生は自分で言った台詞を恥ずかしく思ったのか、照れた顔を誤魔化すように立ち上がった。
「桃を貰ったんですよ。デザートに食べませんか」
「あ、はい」
イルカ先生は嬉しそうに頷いて、台所へ向かう。
その後ろ姿を見ながら考える。
なんだ、そうか。イタズラだったんだ。
浮気ではなかったことに今さらながらホッとした。そしてゲームオーバーにならなかったことにも。
ふと、あの電話の声を思い出した。ちっという舌打ち。
出たのが男だったからその子供はガッカリしたのだろう。俺の精一杯の虚勢を動揺していないと判断し、兄弟か何かかと思ったのかもしれない。つまらない展開だと思ったに違いない。
でも甘いね。
男でも恋人ってことはあるんだから。そういうのがわかってないところはまさに子供。
しかし、自分もよくよく注意していればあれは子供の声だとわかったはずだ。それを、冷静さを欠いて動揺しまくるなんて上忍としてはどうかと思う。
だが、恋する男としてはこれが普通なのだ。きっと。
今までは知らなかったけれど。
イルカ先生がガラスの器を手に戻ってくる。
「はい、どうぞ。甘そうですよ、この桃」
「ホントだ。美味しそうだ」
綺麗に剥かれた桃は想像以上に甘く、その芳醇な香りが広がって口の中で溶けていった。それは恋と少し似ていると思った。


END
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※四拾万打リク『浮気!?と思ったら誤解だった……な甘々な話』
[2008.07.12]