「眠れませんか? ホットミルク飲みます?」
夜更かしをして本を読んでいたら、イルカ先生が声をかけてきた。
手の中にあるカップからはふわりと独特の匂いが漂ってくる。
「すみません。ホットミルクはちょっと苦手で……」
本当はちょっとどころではない。
イルカ先生の手前あからさまに嫌な顔は出来ないが、正直人間が飲むものではないと思っている。
こっそりカップの中を覗くと、案の定薄い膜が。
「そうでしたか。暖めると飲めない人って意外に多いですよね。すみません、知らなくて」
申し訳なさそうに謝る姿に、首を横に振った。
冷蔵庫から取り出した牛乳を平気で飲む俺しか見てないのだから、イルカ先生が知らなくて当然だ。
でもわかってもらえてよかった。そう思った時だった。
イルカ先生はせっかく暖めてきたのに勿体ないと思ったのだろう。目の前で飲み始めた。
なんてことだ!
「イルカ先生! そんなもの飲まないでくださいっ」
思わず手が出てしまい、誤ってカップを床に叩き落とす形になってしまった。
「カカシ先生……」
一瞬非難するように瞬いた黒い瞳は、その後悲しみを湛えている。
「ご、ごめんなさい!」
どうしても我慢ならなかったのだ。あれを好きな人が平気で飲んでいる姿を見るのが耐えられなかった。
「そんなに嫌いだったんですか」
「すみません!」
悲しませてしまった。
しかし言わずにはいられない。
「俺、どうしても駄目なんです!」
「いいんですよ、無理しなくても。人間誰しも苦手なものはありますから」
優しい言葉が逆に居たたまれなくする。
どうしようもなく弁解したい気持ちと自分の正当性を主張しようとする気持ちが膨れあがった。
「だって、皮が……!」
「皮?」
「牛から剥いだ皮を浮かべて飲むなんて酷いじゃありませんか! そりゃ俺だって長年忍びをやってきて人にも言えないような任務もありましたけど、それはそれ、これはこれです。日常は穏やかな心で過ごしたいんですっ」
「……何の話ですか」
イルカ先生の様子がおかしい。やはり好きなものを批判したのが悪かったのだろうか。
しかし今さら引けない。
「だから、牛の皮ですよ。ホットミルクって必ず牛の皮を浮かべてるじゃないですか! あれはどうしても苦手なんです! 何も飲み物ごときにそこまでしなくてもって思いません?」
一気に言い切ると、イルカ先生は溜息をついた。
「……牛乳を温めると膜が張るのは、ラムスデン現象というただの現象です」
「え? 剥いだ皮を入れてるんじゃなくて?」
「そんなもの入ってません!」
「えええええ!」
衝撃の事実。
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