【28:冷たいよ!!!】

【11:送って行ってよね!】からのつづき

「イルカ先生、冷たいよ!!!」
カカシが叫んだ。
「冷たいって……これ以上どうしろって言うんです」
イルカは溜息をつく。大門にへばりついて離れようとしないカカシを眺めながら。
任務へ出かける見送りに来てくれとカカシが泣いて頼むので、しかたなくやってきたイルカだったが、この状況に困り果ててしまう。
やっぱり離れたくない、任務へ行きたくないなどと駄々を捏ねられても困るのだ。
「隊長、そろそろ出発しないと……」
副隊長がおそるおそる声をかけてくる。中隊のメンバーも遠巻きに見つめていた。
「ほら、もう行かないと。ね、カカシ先生」
「だって、よく考えたら今日は七夕でしょ。なんでわざわざ七夕に恋人達が離ればなれにならなくちゃいけないんですかー!」
そんなのは任務だからに決まっている。
その場にいた全員がそうツッコミたいのは山々だったが、写輪眼のカカシにきっぱり言えるものなどいるわけがない。
お願いします、なんとかしてください、と縋る眼差しで恋人のイルカを見つめる面々。
当のイルカはその期待を含んだ視線を背中にひしひしと感じ、針のむしろだと思った。それでもなんとかせねばと思ったのは従来の責任感の強さからだろう。たしかに任務放棄を見逃すわけにはいかなかった。
「カカシ先生」
「はい?」
アカデミー生に根気よく教える教師の笑顔がそこにあった。
「織姫と彦星はどうして年一回しか会えなくなったと思います?」
任務に行けという話なら絶対聞かない、とピリピリしていたカカシも、意外な質問にしがみつく手が緩んだ。
「さぁ?」
「本来するべき仕事を放り出して二人で過ごしてばかりだったから、神様が怒ってしまわれたんですよ」
「む、心の狭い神ですね」
「そういうことを言ってるんじゃありません!」
「はいっ」
イルカに叱られ、カカシはその場にかしこまって正座する。そして神妙に話を聞いている。
「だから、カカシ先生もちゃんと任務に行かないと、織姫と彦星のように年に一回しか会えなくなってしまいますよ」
「ええっ、そんなの嫌です!」
「仕事を放棄して一年のうち一日だけ会って、後の三百六十四日は会えないか。頑張って働いて休みの日は一緒に過ごすか。どっちがいいですか?」
「もちろんたくさん一緒が一番です!」
即答して真剣な顔でうんうん頷くカカシに、イルカは笑顔を曇らせた。
「でもカカシ先生は織姫と彦星のように、たとえ他の日は会えなくなったとしても今日一緒にいたいんですよね。その願いを叶えてあげるのが俺の勤めでもあるんじゃ……」
躊躇いがちに発せられた言葉に、カカシは飛び上がった。
「俺、なんだかすごく働きたくなりましたっ。今から任務へ行ってきます!」
今日だけしかイルカに会えないなんてとんでもない。
真面目に働いてくればずっとイルカと一緒にいられるというのなら、それはもうカカシに選択の余地などないのだ。
「じゃあ、頑張ってきてくださいね」
「はい!」
カカシはにっこり笑って立ち上がった。
どよめく群衆。湧き起こる拍手。
これでようやく出発できるという安堵と喜びに、みな涙せんばかりだった。
「さすがです。どうかこれからも毎回見送りに来てください、お願いしますっ」
副隊長の切羽詰まったような縋る瞳に、イルカは頷かざるを得なかった。
なんでだろう。笑いものになるのを覚悟してきたはずが、どうしてこんな拍手喝采で迎えられることになってしまったんだろう。
何か違う、何かが違う!
イルカは心の中で叫ばずにはいられなかった。
しかし、戸惑いながらも生来の性格から笑みを絶やさず見送った。
そのおかげで他の忍びからも好評を博し、重要な出立の時には見送りに行くのが火影命令にさえなったということだ。


[2006.07.07]