→【50:側にいていい?】のイルカ視点
最初は会っても挨拶だけ。後は余裕があれば七班の様子を少し聞いてみる。そんな感じ。
それ以外に話すことと言ったら天気のことぐらいだ。
「毎日暑い日が続きますね」
そう言われたので、思わず口をついて出てしまったのだ。
「洗濯物がよく乾いて助かってます」
言わなければよかったと思った。後悔しても後の祭りだ。
なんだよ、任務に出ていた人に向かって洗濯物がどうだのって。前にそれを言って怒られたことがあったじゃないか。馬鹿にしてるのか!って。
炎天下で任務をこなしてきた人間に、自分の洗濯事情はどうでもいい。分かってる、分かっているんだ。でも、暑いから嫌だとか言われると悲しくなる。どこかいいところを見つけたくなる。
だって本当はお天道様が昇るのはすごいことなんだから。
ここは声を大にして主張したい。が、受付でそれをしては、空気が読めないと上司に叱られる。
受付では任務の労をねぎらい、報告を受け取るのが仕事。相手の気持ちを考えた言動が求められるのだ。この場合『暑くて大変でしたね。お疲れ様です』が正解。
カカシ先生は最初戸惑った表情だったが、にこりと笑ってそうですか、と答えてくれた。
いい人だ。
上忍なのに驕ったところがなくて、報告書だってきちんと提出する。字は……お世辞にも上手とは言い難いけれど、丁寧に書いてあるので意外と読みやすい。これはけっこう重要。達筆すぎて読めないのよりも断然いい。
「はい、けっこうです。お疲れ様でした」
営業スマイルじゃなくて、本当に心からの笑顔で対応できた。
それからは、カカシ先生の報告書はできたら俺が受け取りたいなぁと思うようになった。
ある日のこと。
「今日は雨だから洗濯物が乾かなくて困るでしょ」
カカシ先生に指摘され、恥ずかしく思った。まだ覚えていたんだ、あんなこと。
「でも雨が降らないと農作物も育たないでしょう? たまには降ってくれないとね」
そう、晴れの日ばかりがいいことじゃない。
雨は恵みの雨。水害になるほどは困るけど、降らなければ降らないで非常に困る。洗濯物の比ではない。
「それに……雨が降る音を聞くのも好きですよ」
匂いを嗅ぐのも好きだったりする。
雨の音。雨の匂い。太陽の日差し。どれも好きだ。
自然がもたらすものに、いつだって感謝する心を忘れずにいたい。
もちろん自然の脅威だってあるわけだけど。
「そうですね。俺も嫌いじゃないですよ、雨の音に耳を傾けるのは」
雨は嫌だ、とか、困る、とか返す人は多かったが、そんなことを言ってくれる人はめったにいない。
本当は任務で雨が降るのは嫌がられると知っている。長時間外で待機する時なんて最悪だ。だから、俺の言葉が否定されてもあたりまえだった。
けれど、カカシ先生はいつもどんな些細な言葉も受け入れてくれる。それがとても嬉しい。心の広い人だと思う。
こんな風に生きたいな。
ぼおっとそんなことを考えていると、カカシ先生に躊躇いがちに声をかけられた。
「あの……あのね、イルカ先生」
「はい?」
仕事の手が止まっていることを指摘されたのかと思い、恥ずかしさに顔が赤くなった。が、そうではなかったらしい。
「側にいてもいい?」
どういう意味だろう。よく分からなくて、つい不躾に見つめてしまった。
「えーと、つまり……」
カカシ先生は必死に説明の言葉を探していて、どう解釈していいか分からない俺は、その言葉を待つことしかできなかった。
「つまり。ずっと側にいて、一緒に生きていきたいなぁと思ったんです」
「ああ!」
俺と同じだ。
「気が合いますね。俺もそう思います」
カカシ先生は普段は眠たそうな右目を大きく見開いた。
「えっ、それって……OKってことですか!」
「あ。そういうことになりますね」
側にいる。
そうか、これからは一緒にいてもいいんだ。それはどんなに楽しくて嬉しい毎日なのだろう。
想像しただけで嬉しくなって笑うと、カカシ先生も笑い返してくれた。
そんな時に、窓に打ち付ける雨音が大きくなった。
「あ。また雨が酷くなってきましたね」
あまりにも激しい雨は土砂崩れを引き起こす原因になる。
そう憂うと、カカシ先生は優しい笑みを零した。
「明日はきっと晴れますよ」
明日もいい日だと言われているようで、嬉しくなる。そうだといいと思った。
※四拾萬打リク『ちょっとした時に交わす言葉から少しづつ相手に心を寄せ始める二人の話』