→【45:この弱虫!】の別視点
「俺さ、アレ苦手なんだよね」
上忍待機所で手持ち無沙汰だったのか、カカシが口を開いた。
独り言とは思えない雰囲気だったので、俺もそれに反応してみた。暇だったからだ。
「アレって何だ」
「アレはアレだよ。Gがつくやつだ」
「G?」
「お前っ、俺にフルネームを言わせるつもりか。嫌がらせか!?」
「別に名前言うぐらいどうってことないだろ」
「馬鹿っ。言うだけでダメージ喰らうんだよ、アレは」
そんな馬鹿な話があるもんか。
気のせいだ、それは。と言いたかったが、カカシにそれを許す気配はないと感じたのでやめた。
「GO・KI・BU・RIだ!」
一語一語区切れば、ダメージは喰らわないんだろうか。
そんなふと疑問がよぎったが、正直どうでもいいとも言えた。カカシがダメージを受けていようがいまいが。
たかがゴキブリ。忍びともあろう者が何を恐れることがあるっていうんだ。
「でさ。今まで奴らが出現してもどうすることもできなくて、せいぜいコンバッ●を部屋の片隅に置いておく程度の抵抗しかできなかったんだけど」
カカシよ。仮にも火影候補とまで言われたこともある上忍が。
ゴキブリごときさっさと火遁で燃やせよ。
「ところがだ」
「あ〜、はいはい」
ここからが本題らしい。
「イルカ先生と一緒に住むようになって、俺は奴らに悩まされることがなくなったんだよ!」
「ほお」
あれほど騒いで里中に言いふらしたんじゃないかと思われるほどの大恋愛の相手。アカデミー教師のうみのイルカがカカシの恋人だった。
最近「同棲始めました」とかいう写真入りのハガキなんか配ってたっけ。
「イルカ先生ってすごいんだよ。あのGを容赦なく叩き潰すんだから! こう、スパーンってさ」
カカシはいささか興奮気味だ。
「別にすごかないだろ」
そんなものは誰にでもできる。主婦のおばちゃんだって普通にやってる。
「いやー、俺には絶対できない、あんなこと!」
「俺はできるぞ」
「それはお前が無神経だからだろ」
こいつ、人の神経を疑う気か。
眉を顰めた瞬間、待機所の古ぼけた扉がガタンと音を立てた。
はっと見ると、そこには佇むイルカの姿が。
心なしか身体が震えているように見える。
「酷い……」
「イ、イルカ先生?」
「酷い。俺だってゴキブリ嫌いだけど、あなたがどうしても絶対駄目だって言うから! 任務で疲れて帰ってくる人を煩わせたくないと思って、死ぬ気で頑張って退治してたのに」
「ええっ、そうだったんですか!」
カカシの手は中途半端に伸ばされたまま固まっている。
「そんな風に思われてたなんて……!」
「そんなって、どどどんな?」
カカシが泣きそうな顔で尋ねる。
「ゴキブリを無神経に殺すような奴だと思っていたんでしょう?」
「ち、違いますよっ」
そうだそうだ、イルカ。こんな男のためにゴキブリ退治をしてやるなんて今ものすごく後悔してるだろう。
びしっと言ってやればいい。
ひそかに応援のエールを送る。
「……もうカカシ先生とは別れます」
「ご、ごめんなさいっ! まさかイルカ先生もアレ苦手だったなんて知らなかったんです!」
うわーっとカカシはその場に泣き崩れた。
おいおい、仮にも天下の写輪眼だぜ。たかがゴキブリごときで泣くなよ。
いや、この場合泣いてる原因はイルカか。
ならば仕方あるまい。勝てるわけがない。
「俺、俺! これからは死ぬ気であのにっくき黒い奴らを退治します。だから別れるなんて言わないで!」
「ホントですか?」
「ええ、任せてください。雷切で切り刻んでやります!」
バルサン焚けばいいだろ。
何も雷切を持ち出すほどのことじゃあない。
この会話を聞けば誰もがそう思うはずだが、助言する気は毛頭ない。
まあ、雷切で崩壊するのは俺の家じゃないしな。
どうなろうと俺には関係無いことだ。
二人はなんだかよくわからない理由で感激して、お互いの手を握り合っていた。
木ノ葉は平和だなぁ。
眠気が襲ってくる昼下がり。欠伸を噛み殺しつつ、そう思った。