【66:あたしに惚れてるくせに】

カカシは朝から惰眠を貪っていた。
目を覚ましそうで覚まさない眠りが夢心地で一番好きらしい。だからようやく手に入れた休日の今日も、最高の贅沢を満喫している。
イルカが台所に立ち、朝食の準備をする音を聞きながらうとうとする。
それなのに、まな板と包丁の音と共に「ほんぎゃあ」と聞き慣れない音が混ざった。
カカシは反射的に飛び起きた。
空耳かと思い込もうとしながらも、どうしてもまた寝付くことができず、しかたなくベッドから降りたった。
イルカの姿は、せまい家なので探すまでもなくすぐに見つかる。何かを抱えていた。
「何ですか、これ」
腕の中の物体をカカシはつついた。
「ちょっと! やめてください。泣き出しちゃうでしょう?」
イルカが咎めても、カカシは謝るでもなく睨んでいる。
「で。どうしたんですか、これ」
「急な依頼で、赤ちゃんのお守りをしなくちゃいけなくなって。さっきカカシ先生が寝坊してる間に預かったんですよ」
「なんでですかっ」
カカシが蒼白になって叫んだ。
「だって俺の誕生日はお休み取って、『一日一緒に過ごしましょうね』って約束したじゃないですか」
「本当に悪いと思ってます。思ってますけど、仕方ないでしょう? 生後2ヶ月の赤ちゃんを放り出すわけにはいかないんだから」
正論で窘められたが、カカシは納得しない。
そう、理性だけでなんとかなるなら感情なんていらないのだ。楽しみにしていた誕生日を台無しにされて、これが文句を言わずにいられようか。
カカシがぶるぶると小刻みに震えながら言った。
「陰謀だ」
本人が分かっているなら話は早い。
これは、誕生日は絶対任務はしないと言い張って業務を滞らせたカカシへの、火影からの意趣返しなのだ。
ほんぁ、と赤ん坊が泣き出しかけ、イルカが慌ててあやそうとする。
相手にされなくなったカカシはまったく面白くない。せっかくの誕生日だというのに。
「そんなたかだか生後2ヶ月ごときの猿もどきより、生後360ヶ月の俺をかまってくださいよ! 年功序列でしょ!?」
そんな理屈は聞いたことがない。しかも、どう考えても世話が必要なのは生後2ヶ月の方なのだが。
「わがまま言わないでください」
イルカが溜息をつく。
その態度に、どうあってもイルカの心変わりはないと感じたカカシ。
「そ、そんなこと言って……後で後悔しても遅いんですからねっ。お、俺に惚れてるくせに……イルカ先生の馬鹿ぁ!」
うわーん。
これが30歳を迎えた大人の態度だろうか。アカデミーの生徒の方がよっぽど大人だ、とイルカは思った。
いつまで経っても騒いでいるカカシに、再びイルカは溜息をつく。
「あ〜あ。一緒に赤ちゃんのお守りしませんかって誘うつもりだったのに。カカシ先生は俺と違って一緒にいたくないんだ……」
独り言のように呟いたその台詞はわざとらしくて、どう考えてもカカシに聞かせるためだけだろうと容易に推測されるのだが。恋に曇った眼と耳にはどうでもいいことだったらしい。どういう状況で言われたかよりもその内容の方が大事だ。
韋駄天もかくやと思える素早さでイルカの隣に立ち、もじもじそわそわしている。
「ほ、ホント?」
「ん? 何がですか?」
イルカがすっとぼけるのもかまわず、カカシは瞳をキラキラと輝かせた。
「それは俺と一緒にいたいってことですか!」
「こぶつきでよければ」
「もうイルカ先生についてるものだったら、こぶだろうが何だろうが喜んで!」
さっきまで不満たらたらだったのはどこへやら。カカシはご機嫌だった。
なんといってもイルカの意識が自分に向いているのが一番の幸せなのだから。
イルカの思惑通り、お守りをこなして火影への面目も立ち、なおかつカカシも機嫌よく過ごせるなら、きっと幸せな誕生日といえるだろう。


→バットエンディングな続き【17:今、何してた?】

[2009.09.12]