とりとりことり
なにはこべ
いとしいあのこのあいはこべ
とりとりことり
なにはこぶ
いとしいあのこのこえはこぶ
ことり
白ヤギさんからおてがみついた
黒ヤギさんたらよまずにたべた
ふっと目を覚ます
布団の中でぐいっと背を丸めてから伸びをすればぱきぱきと骨がなった
反覚醒の頭に飛び込む情報が告げた
今日はお休み!
新学期になってなんやかんやと忙しく、することのない休みは久々だ
縛られない自由さがもたらす酷い幸福感にゆるりと瞼が弛緩する
それでもいつまでもぐずぐずしていられないのは性分で、ベッドから降りて顔を洗いに行く
カーテンを開けると窓の外に一羽の鳥が止まっていた
薄灰の羽が頭から尾羽にかけての滑らかなラインをくるむ、綺麗な綺麗な鳥
どうやら昨日の晩から居たようで真夜中の夜露に濡れてしっとりしてしまっている
瞳をつぶって健気に待っている姿にイルカは慌てた
「う、わ、お前ずっとそこにいたのか!起こしてくれりゃあいいのに!ごめんな、あーこんなに冷えちまって」
中に引き入れれば、くるりと濃紺の瞳を開ける
本当に聡明そうで綺麗な鳥だ
誰の使いだろうか
手を差し伸べればなぜだかひょこひょこと逃げた
どう見ても足に手紙がくくられている
伝書用の鳥ならば足を差し出すものなのに、どうしたことか
「どうしたんだ、お前、手紙くれないのか?」
不思議に思ながら声をかけると鳥は机の上で首を振り少し躊躇ったあともう一度ひょこひょこと戻ってきた
すこし首をうなだれてやっとすまなそうに足をつきだしてくる
手紙に触れてやっと訳が分かった
夜露ですっかり湿ってしまった手紙は水性で書かれていたようで滲んで読めなくなっていたのだ
「あーあ、こりゃ酷いな…
…あ!いや!や、お前はちっとも悪くないんだぞ!悪いのは誰だかしらんがわざわざご丁寧に水性で書いて、しかも雨の中をお前に行かせた飼い主さんだからな!」
聡明で優秀な鳥なのだろう
慣れない失敗にすっかり気落ちしてしまっている
しょんぼりと尾羽と嘴を下げて俯く姿はいじらしく可愛い
あんまり可愛くてつい、手が出た
ちょいちょいと撫ぜてやると触れられるのに慣れていないのかびっくりしたように震える
それでもイルカの温かい手が冷えた体に気持ちよかったのかおずおずとすり寄ってきた
ぎこちなさが可愛らしくておもわず頬がゆるんだ
そのまま手の中に収めてやると亀のように平たくなって瞳を閉じる
鳥を左手の上に乗せたまま、紙とペンを引っ張り出した
「お手紙ありがとうございました
申し訳ありませんがこちらの手違いで手紙を駄目にして読むことが出来ませんでした。
差し支えなければもう一度ご用件をお伝えください
海野イルカ」
これならばこの鳥も叱られないだろう
どんな人だかは知らないが雨のなか使いを出すような人だ、万が一こいつが苛められたら可哀想だし
左手をみれば濡れていた灰色の毛は乾くときらきら光りだす、綺麗な銀色だ
疲れていたのだろう、手のひらの上で安心したようにうとうと眠り始めている
起こすのも忍びなく、イルカはぴゅいと口笛を吹いた
すぐにぱたぱたと銀色の鳥よりひとまわり小さい黒い鳥が飛んできた
きらきら光る金色の目がいたずらっぽそうに輝いている
「なんだチビ、お前が来たのか。…まぁじゃお前に頼もうかな、この手紙くれた人のところに言ってくれないか?誰だか分かるか?」
ピィ!といいこのお返事か返ってきた
一番の新入りのこの黒い小鳥はいかんせん元気が有り余りすぎて少し心配だが、たまには行かせてやってもいいだろう
銀色の鳥を起こさないようにそっと胡座をかいた足の上に乗せると、チビの足に手紙をくくりつけた
「はい、じゃあいってらっしゃい」
人差し指に乗せて、顔前に出すと嘴をかるく唇にくっつけてくる
ふいっと手を振るとピィピィ鳴きながら黒い小鳥は飛んでいった
海野家の鳥が代々出立前にやる軽いフレンチキスを起き出した銀の鳥は不思議そうに見つめていた
***
黒ヤギさんからおてがみついた
白ヤギさんたらよまずにたべた
たまの休みの朝、はたけカカシは惰眠をむさぼっていた
昨日の晩、悩んで悩んで苦労して一枚の恋文を書き上げ、飛び立たせた鳥を明け方近くまで正座して待っていた彼はまだ深い深い夢の中にいたのだ
そんな彼の眠りを妨げたのは甲高い鳴き声だった
ピィピィ!ピィ!と耳元で鳴く声に、うう…と目を開ければ黒い固まりが部屋をぶんぶん得意げに飛んでいる
無駄に早いスピードでなんども家具にぶつかりそうになっている
「…んん?お前どうしたの?ああほら落ち着いて…止まりなさいよ」
ぶんぶん!と飛びまわる小さな彼はきちんと机の上に着地した
しかしまずいことにそこはカカシが昨日うんうん悩みながら手紙を書いたままで、つまり、インク瓶が蓋を開けて待ちかまえていたのだ
「あ、おま…ちょっと!待て!」
とぷん!とすっぽりインク瓶にハマって着地した小鳥は金色の目を不思議そうにきょと?としたあと、カカシを見つけると得意そうにピィ!と鳴いた
誉めて誉めて、と強請るようにインクだらけの足で机を歩き回る
「汚れる!こーら!」
やっと捕まえて足から手紙を外せば、手紙は小鳥の足もろともすっかりインクで真っ黒で文字が読めたものではなかった
「…あちゃーやっちゃった、誰からの手紙だったのかな?」
掌に乗せた小鳥は金色の瞳をまんまるく動かしてピィ!と鳴いた
あどけない、黒くてつやつやな小鳥はカカシの目には新鮮だ
「お前なつっこいねー、ああ、インク洗わないと。風呂入っちゃうか」
一緒に風呂場に連れ込み洗面器に湯を張って入れてやれば嬉しそうにぱたぱたと羽をゆらす
一通り洗い終わるとぴるぴる、と甘ったれた声でカカシを呼んだ
「お前ね、一人で出てきなさいよ」
だが小鳥はくるくると喉を鳴らしながらまだ湯からあがらない
引き上げて抱っこしろと強請る
聞き分けの良い鳥ばかり相手していたのでそんな我が儘も物珍しく、引き上げてやると濡れて真っ黒の艶のある羽をふるわせてから指の間に嘴をつっこみじゃれ
てくる
…う、なんだこれ可愛い…
そのあとも小鳥は水や餌をねだり可愛らしい声で鳴いて散々カカシを困らせた
叱ろうとすると金色の無邪気な瞳が甘えてきて、つい怒りがそれる
「…困った子だ、まったくお前のご主人様の顔が見たいよ」
苦笑しながら呟けば、黒い小鳥はハッ!帰らなくては!と気づいたようでせわしなく飛び出した
「あ!お前、返事は…あー行っちゃったよ、馬鹿!」
でも可愛かったなぁとカカシは目を細めて見送った
***
「「あれ!お前返事もらってこなかったのか?」」
それぞれの内で飼い主2人は声を上げた
うみの家では
「チビ…どこで食ったか知らんが一袋一万もする粟玉はうちには無いぞ!
我が儘言わない!」
どこぞで甘やかされたのだろう、ツン!とやけに我が儘になってしまった黒い小鳥を叱りながらイルカはあの銀の鳥可愛かったなぁ、飼い主は誰なんだろうと考えていた
はたけ家では…
普段は失敗などしない銀の鳥を掌に上げて珍しいなぁとカカシはため息をつく
イルカ先生は読んでくれたのだろうか
どう、思ったのだろうか
「頼むよ…お前
あー気になる、なぁイルカ先生何か言ってたか?」
答えるはずもないと分かりながら、銀の鳥に尋ねる
すると彼は濃紺の瞳を揺らしたあと、少し飛び上がってカカシの唇にちゅん!とキスをした
「えっ!何?何これ!お前どこでこんなこと覚えてきたの!」
まさかこれが返事なの?!と狼狽えるカカシを後目に銀の鳥は一人籠に戻っていった
仕方がないのでおてがみかいた
さっきの手紙のご用事なあに!
end
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