[前編]


カカシ先生はずるい。
あの人のずるい所を並べ立てるとキリがないが、上忍だしエリートだし背は高いし女にはモテるし──とにかく、「天は二物を与えず」という言葉を、素でさわやかに蹴散らしているような人だ。しかも腹立たしいことに、本人はそんな自覚がまるでない。
だけど、カカシ先生のそうゆうずるさは、最初からわかってるからイイんだ。いや、本当は全然良くねぇけど、いま俺が気にしているのは別の問題なんだ。

実は俺は、カカシ先生の素顔を見たことがない。

これって、変じゃないか?
俺はカカシ先生の恋人で、付き合ってもう一ヶ月近くが経つ。当然、キスだって何度もしてるのに、顔を見せてもらったことがない。いつも巧妙に隠されてしまうんだ。
最初のころは俺も、「何か理由でもあるのかな」って思ってた。でもさ、やっぱ気になるだろ?とうとう我慢しきれずにカカシ先生に聞いてみたら、
「んー、だって俺の顔を気にしてるイルカ先生って可愛いんだもん。それに面白いし。だから隠したままにしとこっかなーって」
──なんだそりゃぁ!
俺は思わず叫んだね。そして、その場でカカシ先生に飛びかかった。
いままで深刻な理由を想像したり、もしかして見せられないほど不細工なのかな、でも俺はそんなの気にしないのになぁ……と気を揉んでいた俺の思いはどこにぶつければいいんだ。おちょくるにもほどがある。
こうなりゃ、実力行使あるのみだ!俺は獲物を狙う鷹のごとき勢いで、カカシ先生の口布を剥ぎ取ろうとした。しかし、
「ぐぬぬ!」
伸ばした俺の腕は、ガッチリとカカシ先生に掴まれてしまう。こっちは血管が浮き出そうなほど力を込めてるってのに、涼しい顔のカカシ先生が憎たらしい。
「も〜、凶暴だなぁ。イルカ先生は」
「やっかましい!」
「そんなに俺の顔が気になるなら、いい方法教えてあげるのに」
「え?…うわっ!」
踏ん張っていた足を蹴り払われて、俺は派手にすっころんだ。その上、起き上がる間もなくカカシ先生が圧しかかってきて、その重みに「ぐぇっ!」と呻いてしまう。
「カカシ先生、重いっ!」
一見細身のカカシ先生だが、余分な脂肪はなく骨と筋肉だけでできているので、見た目以上に重量がある。おまけにカカシ先生の手が胸や腰をごそごそと這いまわって、俺はくすぐったさに「げはは!」と笑い声を上げてしまった。
おのれ、取っ組み合いの最中に、くすぐり作戦とは卑怯なり!
俺は辛抱たまらず、カカシ先生の背中をぼこぼこに殴りつけた。ついでに両足もカカシ先生の腰に回して、ぼっこぼこに蹴りまくった。
「ちょっと、痛いですよ!イルカ先生」
「だったらどいて下さいよっ!」
「アンタ、俺の顔が気になるんじゃなかったんですか?」
「……」
カカシ先生の言葉に、ピタリと暴れるのをやめた。見せてくれるのかと期待をこめてカカシ先生を見上げれば、蛍光灯の光をバックに、カカシ先生がにこやかに笑う。
「エッチしましょ?」
「…はァっ?」
「考えてもみなさいよ。いくら俺だって、ヤってる時くらいは口布はずすよ?そうなりゃ当然イルカ先生は俺の顔が見れるし、俺はイルカ先生とイチャイチャできて幸せだし、いいことづくめじゃないですか。ね、しましょ?」
へっ。キスする時だって顔は見せてくれないくせに、何言ってやがる!
「寝言は寝て言え!」
すかさず膝を突き上げてやると、ちょうどカカシ先生の鳩尾に入ったらしく力が緩んだ。俺はその隙にカカシ先生の下から這い出たが、カカシ先生はまだ起き上がらない。不審に思ってよく見ると、どうやら鳩尾ではなく股間に決まってしまったようだ。
千載一遇のチャンスに、俺はニヤリとした。
ここぞとばかりにカカシ先生の口布に手を伸ばすが、
「…くっ。そうはいくか!」
タッチの差でカカシ先生がはね起きた。目には涙が滲んでる。
「イルカ先生、アンタねぇ…!色気がないにも程がありますよ」
「うるさい!カカシ先生が悪いんですよ。どこの世界に顔も知らない相手とそんなことする奴がいるんですかっ。まずは顔を見せて下さい!そしたら何でもしてやるっ!」
じりじりとカカシ先生との間合いを計りながら、俺は空手家のように手を構えた。見た目こそ俺のように臨戦態勢じゃないけど、カカシ先生も油断なく俺を見据えてる。
「だからエッチすれば見せてやるって言ってるでしょ」
「そんな手に騙されてたまるか!」
てぇいっ!とばかりに再びカカシ先生に襲いかかる。だが上忍のカカシ先生はひょいひょいと俺の手を掻い潜り、結局すったもんだの末、俺たちは小一時間ほど取っ組み合いのプロレスごっこをやるはめになってしまった。
なんとか貞操だけは死守したけど、最後に「ギブギブ!」と床を叩いた俺の方だったし、翌日には半端じゃない筋肉痛に見舞われたし。同じアパートに住んでる同僚には、「お熱いのはいいけど、頼むから床をぶち抜いたりしないでくれよ…」とこわばった顔で訴えられたりして、俺の日常は散々だ。
おまけに、どうやらカカシ先生も意地になっているらしく、最近じゃ中忍の動体視力なんかおっつかないスピードで飯を食べ終えるようになった。あれじゃいつか咽に詰まらせるんじゃないかと思うんだが、上忍は食道の作りも特殊らしい。勝ち誇った顔で俺を見て、「ごちそうさま」と言うときのカカシ先生の憎たらしいことときたら!

とにかく、だ。恋人の俺に顔を見せてくれないカカシ先生はずるい。
これじゃ、俺ばっかりがカカシ先生を好きみたいで不公平じゃないか。顔なんて一番大事なもんを出し惜しみするなんて、恋人の風上にも置けない所業だ。
可愛さ余って憎さ百倍。
こうなったら、どんな手を使ってでもカカシ先生の顔を見てやる…!

→[後編]



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