[後編]


「そういえば、さっきはたけ上忍に会ったぞ」
アカデミーで小テストの採点をしていると、ふらりと現れた同僚が教えてくれた。
いつも俺をからかいにやって来るカカシ先生が、アカデミーで油を売ってるなんて珍しくもないのに…。俺たちの関係を知ってる同僚は、一応気を使ってくれたらしい。
「ふーん。で、なんだって?」
「任務で汚れたからシャワー室を貸してくれってさ。今日の7班の任務、アカデミー裏のどぶさらいだったらしいぜ。悲惨だよな〜」
ヘラヘラ笑っている同僚とは反対に、俺はギラリと目を光らせた。
「今、シャワー室にカカシ先生がいるのか?」
もしそれが本当なら、耳よりな情報だ。カカシ先生の顔を見るために日夜粉骨砕身している俺だけど、未だに念願は成就されていないのだ。
同僚は俺の迫力に気押されたように、コクコクと頷いた。
「ついさっきの話だから、まだいると思…」
「悪いけど、俺ちょっと行ってくるわ!採点頼む!」
「えっ、おい!イルカ!」
同僚にテストの束を押し付けて、俺は職員室を飛び出した。
自宅ではすっかりガードの固くなったカカシ先生だけど、アカデミーでなら隙を見せるに違いない。まさかこんな身近にチャンスが転がっているなんて!
はぁひぃと息を切らしながら駆けつけると、シャワー室の中からはザァザァとシャワーを使う音がする。くっくっくっ…しめしめ。ちょうど時間帯的に、中にいるのはカカシ先生だけらしい。俺はこそこそと忍び足でシャワー室に滑り込み、
「あれ、イルカ先生?」
心構えもない内に、カカシ先生から声がかかってビクッとした。きちんと気配を消していたつもりだったのに……。くっ、これが上忍と中忍の差ってやつか?
シャワー室の個室のドアは非常に簡素で、肩から上と足元が見えるタイプだ。
ひょこっと出されたカカシ先生の顔を見て、俺はガッカリした。案の定というか何と言うか、カカシ先生の顔にはしっかりとタオルが巻かれていたからだ。
「あ〜、こんにちは…」
「なに?こんにちはって?気持ち悪い」
失意のあまり適当な挨拶をした俺に、カカシ先生は怪訝な顔をした。いつもなら、こんな他人行儀な挨拶はしないから無理もない。しかしすぐに気を取り直すと、いつも俺をおちょくる時の、あの憎たらしい笑みを浮かべてくる。
「イルカ先生もシャワー使いに来たんでしょ?ちょうどいま誰もいないみたいだから、俺と一緒に入る?サービスしますよ〜」
「是非ご一緒します!!」
カカシ先生の発言を遮って、俺は大きく首を縦に振った。
ふふふ、カカシ先生め。自分から俺を誘うとは、飛んで火に入る夏の虫だ。
個室に二人。しかもお互い裸となれば、そうやすやすとは逃げられないだろう。この隙に、あの邪魔なタオルを剥ぎ取ってくれる。
俺は目を丸くしているカカシ先生を尻目に、せっせと服を脱いだ。
早くしなければ、カカシ先生に逃げられるかも知れない。そんな焦りもあって、慌しく衣服を棚に放り込むと、躊躇いもせずカカシ先生の個室にのり込んでやる。本当に入ってきたのに驚いたのか、カカシ先生はわずかに後ずさって、俺に場所を空けてくれた。
「一体どうしちゃったの、イルカ先生?いつもは家でさえ一緒に風呂になんか入ってくれないくせに。誰かが来るかも知んないですよ」
「大丈夫!今はほとんどの先生が授業中だから、誰も来やしませんよ。それに、たまにはこうゆうのもイイじゃないですか」
「たまには、ねぇ」
ふぅんと白々しく俺を見つめて、ニタリと嫌な笑いを浮かべてくる。
「ま!アンタが何考えてるかなんて、大体想像できるけーどね」
だったら聞くなよ!……俺は腹立ち紛れに、備え付けの石鹸を手に取った。無言でゴシゴシ泡立てていると、こちらをジッと凝視するカカシ先生の視線に気づく。
な、なんなんだ?俺の身体ってなんか変か?
あんまりしつこく見られるので、俺は焦った。しかしうろたえるのも癪だったので、仕返しとばかりにジロジロとカカシ先生の裸を観察してやる。
……ふーん、やっぱり色は白いんだなぁ。それに、手足がやたら長いのがムカつく。
さすがに上忍なだけあって、そりゃぁもう鍛え抜かれた立派な肉体だった。いたる所に残る傷跡でさえ、勲章のように輝いて見える。俺の傷跡なんて、ドジと愚鈍さの象徴にしか見えないのに、この差は一体なんなんだ。しかも腕の刺青と相まって、非常に女受けが良さそうなのが面白くない。ちぇっ、エロい身体しやがって。
裸でつっ立ってるだけで成人指定したくなるなんて、つくづくろくでもない男だ。
「イルカ先生、顔赤いよ」
カカシ先生に面白そうに指摘されて、俺は憮然と睨み返した。
「ここが暑いんですよっ!ゆ、湯気で!」
「そう?俺はそうでもないけどなぁ」
くそぅ。なんなんだよ、その余裕ぶった態度は!腹立つな。
「俺が洗ったげようか?たまにはイイんでしょ?たまには」
「結構です!」
揚げ足を取って迫ってくるカカシ先生に、今に見てろと復讐心が煮えたぎった。
さんざんもったいぶっておいて大したことない顔だったら、それをネタに思いっきり苛めてやる。……日頃おちょくられてる鬱憤もあって、俺は暗い妄想にほくそ笑んだ。そうだ、あのタオルさえ引っぺがしてやれば、俺はカカシ先生に勝てるんだ。
「カカシ先生こそ、俺が洗ったげましょうか?」
下心を押し殺して言ってみれば、
「んー。嬉しいけど、ちょうど洗い終えたばっかなんですよ〜」
いかにも残念そうに肩を竦めるが、俺の行動を警戒しているのは明らかだ。
くそっ。力づくじゃカカシ先生には勝てないし、なんとかして隙を作らなければ。身体を磨きながら思案していると、頭から冷水が降ってきた。
「ぶわっ!冷てぇ!」
一瞬、カカシ先生がなにかしでかしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
カカシ先生も俺と同じように冷たさに顔を顰め、俺を脇にどけるようにして、シャワーの温度調節に手をかけた。何度か様子を見た後で、
「おかしいな。さっきから温度調節が変なんですよ」
「あ!そういえば、たまお湯が出なくなるって苦情が出てたような」
カカシ先生の手元を覗き込みながら、俺も思い出した。
何度も修理の申請を出してるけど、なかなか直らないって同僚がこぼしてたっけ。質素倹約がモットーのアカデミーのシャワー室だから、こんなことは日常茶飯事だ。
「もう出た方がいいですね。こんなんじゃかえって風邪引きますよ」
カカシ先生に腕を引かれ、マズイ!と慌てた。ここでカカシ先生を逃したら、こんなチャンスはもう巡ってこないかも知れない。
「ま、ま、待ってください!もう少し待てば直るかも知れないですよ」
「だ〜め。その前に冷えきっちゃうでしょ」
ぐいぐいと押し出そうとするカカシ先生に、俺は必死で抵抗した。足を踏ん張ってカカシ先生にしがみつき、まるで相撲でも取ってるような体勢だ。このまま寄りきられたら俺の負けなんだから、状況としては間違っていない。──そして、ハッと閃いた。
「カカシ先生、こうやってくっ付いてれば寒くなんかないですよ!ほらっ、雪山で遭難した時とか、よく引っ付いて暖を取るじゃないですか!」
自分の説の信憑性を出すために、ぎゅうぎゅうとカカシ先生に抱きついてみた。
手も足も、まるでユーカリの木にしがみつくコアラのようにへばり付き、少しでも暖かくなるよう全身を擦り付る。摩擦を使って熱を生み出そうって寸法だ。
「ねっ、どうですか!」
これで寒くないでしょう!…と張り切って言いかけた声は、咽の手前で凍りついた。
カカシ先生の目線、焦点が合ってない。しかも全身が小刻みに震えていて、顔を覆ったタオルにじわじわと赤いものが染みてきた。
「ぎゃぁっ!カカシ先生!」
と、と、と、吐血したのか?寒さのあまり血を吐くなんて聞いたことがないぞ!
いくらこのところ険悪だったとはいえ、大事な恋人の一大事だ。俺はすっかり動転して、カカシ先生のタオルに手をかけた。とにかく様子を確認せねばと、それを力任せに引きおろす──。
「あ」
俺は目を丸くした。カカシ先生は咄嗟に顔を隠したけど、まるで無意味だった。
み、見ちゃったよ、カカシ先生の顔!
あわわっ、しかもすげぇ男前だ。
今まで男の顔の好みなんか考えたこともなかったけど、カカシ先生の顔はやばいくらいに俺の心臓を直撃した。これじゃ、不細工な顔をネタに苛めてやる計画が台無しじゃないか。たとえ鼻血ふいてても、惚れ直しそうな勢いだ。……って、え?鼻血??
「大丈夫ですかっ、カカシ先生!」
俺は奪い取ったタオルで、カカシ先生の顔を乱暴に擦った。そうしてる間にも、鼻を押さえたカカシ先生の指の間からは、ボタボタと血が垂れてくる。
「な、なんで鼻血ふいてんですか!のぼせたんですか?」
「……イルカ先生、アンタねぇ」
恨みがましく俺を睨み、カカシ先生はふがふが言っている。
畜生。間抜けな姿も格好良く見えるんだから、顔がイイってのは得だよなぁ。……俺がそんなことを考えていると、カカシ先生が急に寄りかかってきた。突然体重をかけられて、俺は思いっきりのけぞってしまう。よろけた隙に、後ろ頭を扉に殴打した。
「イデっ!…ちょっと、カカシ先生?」
抱きついてくるカカシ先生を押し退けようとすると、
「イルカ先生。俺はいま、猛烈に感動してるんです」
「へっ?」
見れば、カカシ先生の眼はなんだかうるんでいる。
「せっかく恋人同士になったっていうのに、アンタときたら、全然空気読んでくれないじゃないですか。色っぽい雰囲気作ってもまるで気づかないし、押し倒せばプロレスごっこだし。これじゃ俺ばっかりがアンタを好きなんじゃないかって、気が気じゃなかったですよ。絶望ものですよ」
な、なんなんだ。なんでいきなり恨み言のオンパレードなんだ。
しかも、俺って絶望されてたのか?
「でも今日という今日はアンタを見直しました。まさかシャワー室で誘いかけるなんて高等技術がアンタにできたなんて……!」
「…はっ?えっ?」
どうやら感動に打ち震えているらしいカカシ先生を、俺はポカンと眺めた。
誘いかける?高等技術?……一体、何のこっちゃ。
訳がわからなくて固まっていると、感極まったカカシ先生が肩に顔を埋めてくる。ちゅうちゅうとうなじを吸われ、やらしい手付きで尻を揉まれ、硬い感触のある股間を押し付けられるに至って、俺はよくやく己の危機を悟った。
「ちょっ…!ちょっと待ってください、カカシ先生。誤解ですよ!俺はですねっ、カカシ先生の素顔が見たくて……」
「ああ、顔ね。顔見せたらなんでもしてくれるって約束だったもんね。今まで八つ当たりで色々意地悪しちゃったけど、こんな顔でよかったら好きなだけ見てください」
こともなげに言われて、大いに焦った。
──そ、そんな約束したっけか?俺!?
慌てて記憶を探ろうとするが、怒涛の展開に仰天していてそれどころじゃない。
「カカシ先生っ、アカデミーですよ!落ち着けっ!」
手足を動かして抵抗を試みるが、すっかり盛ったカカシ先生はビクともしねぇ。
それどころか、もがけばもがくほど密着した肌が擦れ合って、なんだか妙な気分になってくる。見かけによらず、カカシ先生は体温が高いんだ。ずっと引っ付いてると、その熱に頭の芯が溶かされていくようで、ボーっとなっちまうんだよ。
「……おわっ…!」
逃れようと開いた両足の間に、カカシ先生の太腿が割り入れられた。内股を滑るようにぐいぐい押し上げてくるので、俺は泣きたくなる。涙のかわりに鼻水が出てきた。
うう、男の足なんて脛毛が生えてて触れたもんじゃねぇと思ってたのに……なんでこんなにすべすべしてんだ、あんたの足は!気持ちいいだろう、畜生。
「家帰ってしましょう!家で!さすがにここじゃまずいですって」
腕を突っ張り、かろうじて残った理性を総動員して叫んだが、
「大丈夫、結界張って忍犬見張りに立てときましたから。……ねぇ、これでやっと俺たちホントの恋人同士になれるんですね」
頬ずりしながらあんまり嬉しそうに言うもんで、ついついホロリときてしまった。
……なんというか、俺はもともとカカシ先生の中身に惚れたはずだったんだけどなぁ。
やたらと色気のある身体と、最強に男前な顔でこんなこと言われたら、理性なんてあってないようなもんだろ?無邪気な笑顔が可愛かったんだ、これがまた。
「ああ、もう!」
気づいたらむんずとその顔を引き寄せて、思いっきりぶちゅっとかましていた。



  *****



「う〜、痛ぇ…」
ガニ股だか内股だかわかんない歩き方で、俺はヨロヨロと脱衣所に避難した。
さすがに、男二人がせまいシャワー室でくんずほぐれつするのは無理がある。……というか、無理を押し通したからこんな有様になったんだ。腰は痛いわ尻は痛いわ、あちこち壁にぶつけたし、明日には間違いなく青あざまみれになってるだろう。
「大丈夫ですか、イルカ先生?」
のしっと俺の背中に引っ付いて、言わずもがななことを聞いてくる。
「見りゃわかるでしょうが!」
「うんうん。もれなく俺が背負って帰ってあげるから安心してネ」
カカシ先生は周囲に花が散っていないのが不思議なくらい上機嫌だ。
ま、あれだけ暴走の限りを尽くせば当然だわな。こっちはへとへとの疲労困憊で、文字どおり精も魂も尽き果ててるってのに。
「……嫌ですよ。大の男が背負われて帰るなんて」
散々醜態を晒したのに、これ以上みっともない真似ができるか。
俺がむっと顔を顰めると、
「え〜、もう少しイチャイチャさせてくださいよ。今更アンタに恋愛の機微だとか色っぽいムードとかは期待しないけど、せめてこのくらいはいいでしょ」
対抗して、カカシ先生も口をへの字に曲げてくる。
冗談めかして聞こえるけど、やけに実感がこもった台詞だ。そういえば、カカシ先生も色々悩んでたみたいなこと言ってたな。いつもの憎たらしさはどこへやら、情けない顔で「絶望です」とか言っちゃって。
「顔見せたらなんでもしてくれるんでしょ」
「うー…」
実はその約束じたい記憶が曖昧なんだけど……。
食い下がってくるカカシ先生を見てたら、「まぁ、いいかな」という気分になってきた。多少のオマケはついたものの、カカシ先生の顔を見るという最大の目的は達したわけだし、ここはひとつ勝者の余裕を見せてやろうかなと。
「んじゃ、お言葉に甘えて背負ってもらいます」
「やった!さすがはイルカ先生」
いそいそと背中を向けてしゃがみこんだカカシ先生に、俺も腹をくくって、「えいやっ」とばかりに飛び乗った。勢いでふらつくかと思いきや、カカシ先生は余裕の動作で立ち上がる。安定感があって、意外にもカカシ先生の背中は快適だ。
へへっ。こりゃ、けっこうイイなぁ……。
俺はすっかりご満悦で、カカシ先生にぎゅぅっとしがみ付いた。

ところですっかり忘れていたが、シャワー室の周辺にはカカシ先生が結界を張ってくれていたのだ。しかも忍犬付きで。
それなら誰も入ってこれないし、安心安心……と思いきや、平和なアカデミーの一角に結界などが張り巡らされていれば、当然人目を引く訳で。この時、シャワー室の入り口には「一体、何事だ?」と不審に思った職員たちが群れをなして集まっていたのだ。

カカシ先生に背負われた俺が、衆人環視に晒されるまであと五秒……。
人生山あれば谷あり、である。

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当サイトの三周年記念チャットで妄想していたお題「シャワーで密着プレイ」と「DBのランチなイルカ先生」。『FRYING DOG』の仁科さんはチャットに参加したばっかりに「シャワーで密着プレイ」略してSM(笑)小説を書く羽目になりました。
ご愁傷様でした・・・そして、素晴らしい密着プレイをありがとうございます!
鼻血を噴いても男前なカカシ先生と、漢らしくてちょっと天然なイルカ先生は笑いと感動でした。シャワー万歳!
仁科さん、掲載許可もあわせてもぎ取ってしまって申し訳ありません。本当にありがとうございました。
冬之介 2004.12.23



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