犬。
しかも死んでしまった犬。
泣いているイルカには悪いけれど、それは初恋とはいえないんじゃないかと言いたかった。自分でも大人げないとは思いながら。
「そういえば、人間で好きになったのはカカシ先生が初めてですね」
「ほ、ほんとですか?」
「ほんとです」
人間で初めてなら、俺が初恋ってことじゃないか!
踊り出したいくらい嬉しい。
ありがとう犬!と感謝したいくらいだ。
「カカシ先生の初恋はどんなだったんですか」
「……実はこの子です」
自分相手じゃない初恋の話なんて気分のいいものじゃない、と認識してしまった後にその質問は困ってしまった。
どうしようか迷ったが、今さら自分勝手に話を終わらせるわけにもいかない。
イルカが気分を悪くしませんように。
祈りながら手元の写真を指さした。
「これ…」
「俺が4歳のときだったかな? どこの子かわからないんですが……可愛い子でしょう?」
おそるおそる聞いてみる。
見る見るうちにイルカの顔が紅潮して、手がふるふると震えている。
やっぱり嫌だったんだ。そりゃそうだ、不愉快極まりないだろう。
謝り倒した方がいいかも、と思っていたら。
「どうしてこんな写真を持っているんですかっ」
イルカが怒鳴るなんて珍しい。
と言ってる場合じゃなくて!
こんなに怒るなんて。もしかして離婚の危機!?
何が何でも謝って許してもらわなければ。
「ご、ごめんなさい、イルカ先生。あのー」
「まだ写真が残っていたなんて…」
急に声が小さくなり、ほとんど呟くぐらいになってしまった。
自分のしたことを後悔しても今さら遅いのだが、目に見えて肩を落としているイルカを見ると、どうしようもなく胸を掻きむしりたくなった。ずっと黙っているのが痛々しい。
ああ、ごめんなさい。
もしもこの時神様が『お前は将来可愛い嫁さんをもらうから、その子に出会うまで初恋はとっておきなさい』と言ってくれたら、今まで誰も好きになったりしなかったのに!神様の馬鹿ーー!
と、罰が当たりそうなことを考えていると、イルカが口を開いた。
「これは俺です」
「え?」
ようやく喋ってくれたのが嬉しくて、何か聞き間違えただろうか。
「よく見てください。女の子の格好をしてるけど、小さい頃の俺です」
「えっ、ええーっ? だっ、でも…!」
写真の中の子供は、どうみてもスカートを履いているようにしか見えない。
しかし、よくよく見れば面影がある。
鼻筋に傷がないのに惑わされていたが、これは紛れもなくイルカなのだ。
「あ、ホントだ」
「小さい頃よく母に着せられたんです」
イルカが恥ずかしそうにぼそぼそと呟く。
「女の子が欲しかったらしくて、産まれる前に買った服が全部女の子用の服で。用意周到に5歳ぐらいまで買ってあって、もったいないからって」
ずっとスカートで育ったんですよね、と眉をひそめて苦笑した。
つまり今までの行動は、その証拠写真が残っていたことに驚いたということなのだろう。
「じゃあ、つまり。俺の初恋はイルカ先生だったってことですね」
衝撃から立ち直ってまず思い浮かんだのはその事だった。
「そういうことになるんでしょうね」
「なんだ、そうだったんだ。俺達、初恋同士だったんだ」
初恋は叶わないなんて。
迷信なんてあてにならない。
たとえそれが真実だったとしても、愛の力でねじ伏せてやればいいだけのことだ。
気分は軽くなり、満たされた気持ちになった。
「この写真は記念にとっておきましょうよ」
「そう言われると、捨てるのを強制するのも気が引けますね」
「絶対捨てませんって」
「はいはい」
仕方なさそうに返事を返されたが、気にならなかった。
嬉しかったから。
まるで運命のようだ。初恋が叶うなんて。
俺は満足の吐息を漏らした。


たとえ世界が滅びる瞬間であっても、愛しい貴方の側にいたい。
何をするにもイルカがいないと始まらない。
どれだけ過ごしても飽きない日常はなくなることなど考えられないけれど。
毎日が幸せであるようにと祈りながら、いつも貴方を抱きしめていたい。


END
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2002.11.09


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