ある小春日和の休日。
掃除も洗濯も終わって、夫婦二人でゆるやかな時間を過ごしていた。
俺はふと思いついて、アルバムを引っ張り出してきて眺めていた。
整理するほど写真があるわけでもなく、数少ないそれを見ていたのだが。
最初の方に貼ってある一枚に目がついた。
大きなピンクのリボンを頭につけた女の子とでっかい犬が一緒に写っていた。
黒い髪で目のくりっとした可愛い子。
名前も知らない俺の初恋だった。
たしか俺が4歳の頃だったはず。アカデミーに入学する前だったから。
懐かしいなぁ。
今はどこでどうしているかなんて知らない。遊んでいるところを遠くから見るだけだったから。 唯一撮ったこの写真だけが思い出の品だった。
初恋は叶わないっていうから仕方ないけど…
と思って、はっとした。
俺としたことが、確認するのを今の今まで忘れているなんて。
がばっと体を起こして名前を呼ぶ。
「イルカ先生!」
「はい」
イルカは読んでいた本から顔を上げて返事をする。
素直で可愛い俺の奥さん。
眼が優しく『どうしました?』と微笑んでいると思うのは、きっと気のせいじゃない。
いつもならここで嬉しくなって抱きついてしまうところだけど、今はそれどころではなかった。
「俺の質問に答えてください」
「なぞなぞですか?」
「違います。イルカ先生の初恋って誰ですか」
真剣に聞くと、イルカは驚いて少し眼を見開き、その後瞼を伏せてしまった。
「どうなんですか?」
視線が揺れて戸惑っているようだ。しばらく沈黙が漂う。
「……つまり、イルカ先生の初恋は俺じゃないんですね?」
「す、すみません」
「あー、よかった!」
「え?」
「だって『初恋は叶わない』って言うでしょう? だから、イルカ先生の初恋が俺じゃなくてよかった!」
あー、もうこれで一安心。
「これで一生一緒ですね」
にっこり笑いかけると、逆に吹き出されてしまった。
「イルカ先生?」
「なんだ。そういう意味だったんですか」
笑いを堪えるのに必死という様子のイルカに、何がどういう意味だというのだろうと疑問に思った。
ようやく笑いをおさめた後、いつもの静かな瞳で質問された。
「それじゃあ、もし俺の初恋がカカシ先生だったら、あなたは諦めるつもりだったんですか?」
そう聞かれて頭が真っ白になった。
諦める、なんてことは考えてもみなかった。
ただ確認しなければ、と焦ってはいたけれど。
改めてそう言われれば、そんなことでイルカを諦めるつもりなんて毛頭なかった。
首を振って否定する。
「じゃあ、本当はどっちでも問題なかったですね」
なんだ。
なーんだ、そうだったんだ。
どっちでもよかったんだ。
ただ今現在、イルカが俺のことを好きならそれでいいんだ。
それだけで幸せ。
とはいうものの、急に不安になってきた。
初恋が俺じゃないということは、他に好きな人がいたってことで。
今さらながらその事実に衝撃を受けた。
「イルカ先生の初恋が俺じゃないって、なんか嫌です」
さっきとは正反対のことを言ってるなぁ、と自分では自覚しているものの止めることはできなかった。
「あんまり初恋の人のことは思い出さないでくださいね。どうせ思い出すなら俺のことにしてください」
「そんな無茶な…」
「だって」
「家族同然に暮らしていたんですから、思い出すなって方が無理ですよ」
「えっ、そんな羨ましい!」
更に衝撃を受けてしまった。
もし今その人と俺とを選ぶとしたらどっちを選ぶのだろう、そんな不安がどうしても消えない。
イルカが俺の方が好きだといってくれても、もし万が一と考えるともう駄目だ。胃がキリキリする。
「茶色の毛がフサフサしてて、目が穏やかで優しくって…」
「あーっ、聞きたくない!」
「すごい賢い犬だったんですよ」
「はい?」
耳を塞ごうとして失敗したときに飛び込んできた言葉に、呆然とした。
「小さい頃から大好きで、いつも一緒にいたかった。あんまり賢くて、両親が天国に行くときに連れて行ってしまいました」
思い出すと涙が出てくるのか、瞳を潤ませている。
ちょっとだけ鼻を赤くして鼻水をすする姿も愛らしい。
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