【抱きしめたい】おまけ


普段は静かな火影の執務室に押し掛けるのは、銀髪の上忍。
どうやら里の最高権力者に訴えたいことがあるようだ。
「というわけで火影様。ここは一つ、結婚したことをぱーっと公開しちゃいましょう!」
「何が『というわけ』なのかさっぱりわからんな」
「ああ、もう!これだからじじいは」
「何だと?」
「いいえー。何でもありませーん」
明らかに聞こえるように『じじい』と言う方も、明らかに聞こえているのに聞こえないふりをする方も、どっちもどっちの狸の化かし合いだった。
「どんなに反対したって、もうイルカ先生は俺のモンですよー。いいじゃないですか、みんなに知られたって。というかむしろ里中に知らしめたい!」
火影はキセルを離し、ふーとため息と共に煙を吐き出した。
「お前、存外馬鹿じゃのう」
「なんですと?」
「イルカがお前と結婚したと公表してみろ。木の葉の里の者はまあいい。儂が睨みを利かせておける。だがな、他の里の者はそうはできん。 お前、ビンゴブックにも載った写輪眼のカカシの首を狙っているものが多いことぐらいわかっておろう。お前には敵わんでも中忍のイルカを人質に取ればよいと考える者もいるはずじゃ。いや、人質ならばまだいい。お前への恨みを果たすためだけに苦しみをもたらそうと、妻のイルカを殺そうとしたらどうする。 お前は守ってやれるのか」
「はっ。そ、それは……」
思ってもいなかったことを指摘され、カカシは戸惑うと共に衝撃を受けた。
たしかに火影の言うとおりだった。
最近はスリーマンセルの担当になって平和ボケしていたのかもしれない。
そういう輩は以前から存在していた。自分だけならなんとでもなる。前からそうしてきていた。
だがイルカを一日中見張っているわけにはいかない。むろんそうしたいのは山々なのだが。
「カカシよ、考えてもみろ。お前が結婚するということはそういうことなんじゃぞ。まあ公表せん方が波風も立たん。そうであろうが」
呆然としている間に火影の言葉は続けられる。反論の余地はない。
「わかったな」
「はい。お騒がせしました。……御前失礼します」
言葉少なに部屋を立ち去るカカシ。
それを見送った後、火影は一人ほくそ笑んだ。
少しきついお灸を据えたのは単なる報復だったのだ。
今まで我が子のように可愛がってきたイルカを、突然『俺達、結婚しまーす』の一言でかっさらって行きおって。
しかも周りに言って回るだと?
そんなことをしたら常に話題の的になるのは必定。『あの写輪眼のカカシの妻だってよ』と指さされる日々。真面目なイルカの神経がもたないだろう。
それに秘密にしておけば、将来イルカが正気に戻って離婚したいと思ったときにすっぱり別れられるに違いない。
この結婚を知っている人間は少なければ少ないほどいいに決まっている。
あれだけ脅しておけばカカシも口外しないだろう。
「イルカがそこら辺の者に殺されることなどないわい。儂が強力な護符をつけておいたからな」
ミズキの一件以来、火影はありとあらゆる忍術を駆使して護符を作った。
イルカがあんな大怪我をするなんてとんでもないことだ、とそりゃあもう火影邸は大騒ぎだったのだから。
そしてその護符は、イルカ本人にも内緒で皮膚に埋め込んであるのだ。
可愛いイルカを傷つける者は許さん。
だが虫除けもつけておくべきだった、と後悔しきりである。
「はやく離婚せんかのう」
無駄と知りながらもそんなことを呟く火影だった。


「イルカ先生!」
「カカシ先生。どうしました?」
「俺達が結婚したって誰かに言ったら駄目ですよ!!」
「は?」
「絶対言ったら駄目ですからね!」
「はあ。言いませんけど」
「絶対絶対絶対ですよ!」
突然そんなことを言い出したカカシに驚きながらも、少し安堵していた。
やはり周りに知られるのは恥ずかしい。言わなくていいものならできれば言いたくない、というのがイルカの本音だった。
訳がわからないながらも『カカシ先生は俺のこと、ちゃんと考えてくれてるんだなぁ』と感激していた。
的は外れているものの、イルカへの愛ゆえに言い出したことであるのは間違ってはいないだろう。
そんなこんなで秘密の夫婦。
木の葉の里はまだまだ平和だった。


END
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2002.01.19


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