「うわっ。寒いと思ったら雪か」
はぁ。
白い息を吐きかけて手をこするだけではこの寒さはどうにもならない。
今日の夕飯はやっぱ鍋かなー、と考えながら家路を急ぐ。
ふと何かが聞こえたような気がしてその方向を見ると、人影が佇んでいる。
その背中だけで誰であるかわかった。あの猫背は見間違えようがない。
たったそれだけのことで胸が暖かくなった気がした。
偶然会えてよかった。一緒に帰ろう。
そう思って、声をかけようとした。
そして気づく。
何かをじっと見ているということに。
何を?
目の前に小さい段ボール箱があるのが見えた。
そこから音が聞こえる。
さっき聞こえたと思ったのはこれだったのだろう。
その中身は掌に乗るくらいの小さい猫だった。
みゃあ。みゃあ。
鳴き声が少し掠れている。
捨てられてからどれくらいここに置いておかれたのだろう。
まだ弱っているようではなかったが、雪の降る夜をこんなところで過ごせば凍死するのは確実だった。
その猫を冷え切っている身体でじっと見つめている後ろ姿に、声をかけるべきかどうか悩んだ。
「悪いな。拾ってやれないんだ」
すまなそうに猫に話しかける声が聞こえた。
はっとした。
もしかしたら俺のせいかもしれない。
つい先日のこと。
朝起きると布団の中に小さい黒猫が眠っていた。
その時の驚きは誰でも理解できると思う。
まかり間違ったら踏みつぶしていたというのに、どうしてそういうことをするのか。
つい怒ってしまったのは仕方ないはず。
「だって寒くて死にそうだったんですよ?」
「だからって圧死してもいいっていうんですか」
「大丈夫ですよ。あれ?もしかしてイルカ先生、猫、嫌いですか?」
そう聞かれて少し言葉に詰まった。
嫌いな訳じゃない。ただ少し苦手なだけだ。
猫はふいっと家を出ていって帰ってこなくなる気がするんだ。
どんなに可愛がっていても自由気ままにどこかへ行ってしまう、そんなイメージが強い。
飼ったこともないのに子供じみた勝手な想像で好きになれない、なんて言えるわけがない。
つい黙ってしまった俺をどう勘違いしたのか
「すみません。すぐ飼ってくれる人を探しますから、少し我慢してもらえませんか」
と言い出した。
そんなつもりではなかった。
本当にただ、家に一人取り残されるような気がして悲しくなるから猫は飼いたくなかっただけなんだ。
だが、そんなことを言えるわけもなく、誤解されたままだったのをようやく思い出した。
あんなことを気にして、拾えずにずっとここに立っていたのか。
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