「えへへ」
「どうしたんですか?」
「イルカ先生が笑ってるとすごく嬉しい」
思っていたことを口に出すと、見る間に顔が赤く染まっていく。
こんなことぐらいで可愛いなぁ。
抱きしめてキスしたい。
その衝動はいつも我慢など出来ない。
腕を伸ばして、抱きしめて。
その唇に。
「いやです」
本気で拒否されてしまった。
なんていうか、嫌よ嫌よも好きのうちなんていう雰囲気ではなかった。
「えっ、どうしてですか!」
「虫歯菌って感染するんですよ。虫歯のある人とはキスしません」
そんな残酷な言葉を口にしながらもにっこり笑う姿だって嫌いになんてなれない。
「イ、イルカ先生は俺と虫歯とどっちが大事なんですかっ」
「虫歯のないカカシ先生が大事です」
「そんな…」
「虫歯が治ったらいくらでもキスしていいですよ」
にっこり。
それは俺にとっては、まるで悪魔の誘惑のように魅力的な提案で。
いくらでも?
「ほ、ホントですか」
「ええ。痛いのを我慢したらキスしましょう」
「イルカ先生から?」
「約束です」
ご褒美で歯の治療を我慢させるなんてまるで子供騙しだと言いたいところだけど。
だがそのご褒美は子供じゃもらえないもので。
少し我慢するぐらいでそれが手にはいるなら安いものだという気分になっていた。
「絶対、ぜったい約束守ってくださいね!」
何度も念を押すのは忘れなかった。
だが、甘かった。
やっぱり嫌なモノは嫌だ。
だいたい歯は脳みそに近いから危険な気がする。
医者はでかいマスクで顔を隠していて表情が読めないからすごい怪しいし。
もしこれが敵の忍者だったらどうするんだ。
というか、もはやこれは拷問だ。
この痛みから逃れられるなら何でも白状してしまいそうになる。
ずっと開けっ放しの顎は疲れてもうこれ以上開けていられない。
むしろ無理矢理こじ開けられて顎がはずれそうなんですけど。
「痛かったら言ってくださいね」
と笑顔で言われても、この状態では痛いなんて言えるか!
もう途中でいいからやめて欲しい。
もう治してくれなくてもいい。
いや駄目だ、こんなことでは!
コレが終わればご褒美が待っているんだから。
そのためには我慢しなくては。
想像するんだ、カカシ。
今俺はイルカ先生に手を握られている。
そして耳元で「痛くない」と優しいささやきが…
痛くない、痛くない。
こんな痛みは全然平気。
きっとあなたの辛そうな顔の方がずっと痛い。
治療が終わった頃には、Sランク任務をこなした時よりも疲労困憊していた。
あの藪医者め、絶対サディストに違いない。
くそ。もう二度とこんなところに来るもんか。
待合室で待っていてくれたイルカ先生の姿を見たら、少し元気が出た。
俺が近づけば笑顔で迎えてくれる。
「イルカ先生。痛いのを我慢したご褒美をください」
「はい、はい」
苦笑されても構わない。
「よくがんばりました」
唇に軽く触れてくる感触。
ただそれだけであの痛みを我慢した甲斐があったというものだ。
ただそれだけで幸せになれる。
触れる唇から好きという想いが伝わるから。
あなたにキスをしよう。
この先何千回、何万回のキスを贈り続けよう。
言葉だけじゃない全てが伝わるように。
END
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2002.06.01 |