ずきん。
俺はふと手を止めた。
今、嫌な感覚が……
ずきずき。
奥歯の辺りが痛む。
もしかして虫歯?
違う!きっとどこかにぶつけたんだ。そうに違いない!
どこで?
……自分を誤魔化そうとしても答えは出てこず終いだった。
「あれ?食べないんですか、コレ。大好物だったのに」
イルカ先生に指摘されて、ぎくりとした。
そう、最近固いものや染みるものは意図的に避けてきた。
何故かって?
それは…痛いからだよ、もちろん。奥歯が。
「へへ。ちょっとお腹の調子が悪くて…」
考えておいた言い訳を口にして、早く話題が変わってくれないかなーと考える。
そして比較的安全そうな食べ物を口に運び、染みませんようにと慎重に噛んでみた。
ずきっ。
い、痛ぇ。
思わず顔をしかめてしまう。
「あ、カカシ先生。最近おかしいと思ったら、虫歯ですね?」
「うっ…」
こういうとこだけは勘がいいんだから。
「ちょっと見せてください。はい、口開けて」
「あが」
無理矢理口を開けて、中を覗こうとする。
そんなみっともないこと出来るか。
「もっと大きく口を開けて。あーん」
他の人間が言っても聞くはずもないが、イルカ先生に言われるとついそれに従ってしまう。
惚れた弱みというか。
いや、むしろ『あーん』とか言ってる口の方が気になってぼけっと口を開けてしまったのだが。
「あ、ひどい。これ、そうとう痛むでしょう。どうしてこんなになるまで放っておいたんですか」
「う。ごめんなさい」
「ごめんなさい、じゃわかりませんよ」
「だって歯医者って嫌いなんですよー。あの歯を削るキーンって音とか、薬の匂いとか!」
歯医者が好きな人間なんているんだろうか。
削る音が聞こえただけで虫歯の痛みは倍増するし、何でもない歯まで痛みだす始末。
あの薬の匂いを嗅いだだけで気分が悪くなりそうだ。
「……なに子供みたいな事、言ってるんですか」
「イルカ先生だって好きじゃないでしょ?」
「俺は虫歯になったことがないから、歯医者さんは嫌いじゃありませんよ」
がーん。ショック。
「え、えええっ。……お、俺より歯医者の方がいいって言うんですかっ」
「そんなこと言ってません!」
あ、よかった。
いや、よくない。
見知らぬ歯医者より俺の方が好きなのは当然として、虫歯になったことがないなんて。
それじゃあ、俺のこの苦しみはわかってもらえないってこと!?
「早く治した方がいいですね。ちょうど明日は任務も休みだし」
「でも…でも……」
「大丈夫。痛いのは一瞬だけですよ」
「痛いのは嫌ですー」
いつまでもぐずっている俺にイルカ先生も腹を立てたらしく、お説教されてしまった。
「だいたい歯は大事なんですよ。
食べるものをよく噛み砕かないと身体を壊す可能性だってあるんです。
任務の時だって奥歯でかみ締める力が均等でなければ充分な力を発揮できないし。
それを子供のようにぐずって治療を嫌がるなんて言語道断です!」
イルカ先生を本気で怒らせてしまったら、もうどうすることもできない。
もはや謝り倒すしか手はない。
「ご、ごめんなさ…」
「明日、歯医者に行って虫歯を治してきなさい。いいですか?」
「は、はい」
こくこくと頷くと、ようやくイルカ先生は『困った人だなぁ』という風に笑った。
よかった、笑ってくれて。
イルカ先生が笑っているのは好き。
俺まで幸せな気分になれる。
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