次第に暑い夏の陽射しも弱まり、秋の風が吹いてくる頃、カカシはキリギリス仲間のアスマに声をかけられました。
「なぁ、カカシよ。お前もそろそろ真剣に冬の準備をしておかないと困ったことになるんじゃないのか?」
「なんで?」
「なんでって……お前は冬の間中そのビオロンを弾いて餌をもらうなんて芸当はできない性格だろ?いい加減、自分で生きていけるよう餌を蓄えておかなけりゃ……」
「どうせ俺はビオロンを弾くしか能がないキリギリスだ。別にいーよ、冬なんて越せなくても」
親代わりとなってくれた恩師も、いつも側にいた親友もいなくなってしまい、カカシは冬を越そうとする気持ちを失っていたのでした。
アスマはしばらく黙り込み、溜め息をつきました。
「まあ、お前の一生だ。それが自分の決めたことなら他人がとやかく言うことじゃねぇ。でも、お前はそれで本当にいいのか?」
「なんだよ、それ」
「お前、いつも例のアリが近づくと決まってビオロンを弾くって紅が言ってたぜ」
「…………」
カカシは、あの艶やかな黒い色をしたイルカのことを頭に思い浮かべました。
「その子のことはいいのかよ」
「……だってアリだよ」
「アリだからどうしたっていうんだ」
「ああいうのは太陽の光の下が似合ってるんだ。俺とは全然違う……そりゃあ、あの甘い匂いは嫌いじゃないけど」
カカシがそう言うと、アスマは不思議そうな顔をしました。
「匂い?」
「なんか甘い匂いがするだろ?」
イライラと言い捨てると、ますます不思議そうにカカシを見つめます。
「何言ってるんだ?甘い匂いなんてしたことないぜ?」
「そんなはずは!」
「それはお前、きっとあれだ。好きだから匂うってやつだろ」
呆れたように諭されて、カカシは驚きました。
そうか、あれは好きという証だったのか、と。道理で他からは匂わないと思ったと感心しました。
と同時に、だからどうだっていうんだと投げやりな気持ちにもなりました。
これから自分に何かできるとは思わない。あの働き者のアリが、ビオロンを弾くしか能のないキリギリスを好きになるはずもないし。太陽の下に暮らす者とその影に暮らす者は結局相容れない。育った環境も何もかも違うのだから。
カカシはそんなことをじっと考え込んでしまい、目の前にアスマがいることを忘れていました。しばらく黙ってカカシを見つめていましたが、ようやく口を開きました。
「バーカ。お前の考えてることなんて丸分かりだ。けどな、アリとキリギリスがどうにかなったら駄目って決まりはないんだよ。そこんとこ、よーく考えてみろよ」
アスマはそう言うと、さっさと行ってしまいました。
カカシは一人でそこに座り込み、なかなか立ち上がることができないでいました。
だってアリなんだよ。
カカシは、アスマに言った言葉をまた繰り返し呟きました。


雪が降ってきても、カカシは夏の間居た木の下を動けませんでした。何もする気がないようです。
白い結晶は次々と舞い降り、空を見上げると、まるで吸い込まれてしまう錯覚に陥ります。それほどまでに降りしきる雪。
気づけばもう辺りは一面真っ白でした。
このまま死んだら、あのアリは少しでも悲しんでくれるだろうか。そうだといいなぁ。
カカシはそう考えていました。
しばらくじっとしていたカカシの目に、その真っ白の中にぽつんと黒い点のようなものが見えました。それはどんどんと近づいてきて、名前を呼ぶのです。
「カカシさん!」
それは間違いなくイルカでした。
「しっかりしてください!」
「ど……して……ここに?」
「しっかり!眠ったら駄目ですよ!」
カカシの質問にイルカは答える暇もなく、しきりに眠ったら駄目だと叫びながら身体を揺さぶります。そして、あまり力が入らず立ち上がることも上手くできないカカシを負ぶって、イルカは歩き始めました。
カカシは朦朧とする意識の中で、あの甘い匂いと共にお日様の匂いを嗅いだような気がしました。
周りは吹雪いていて寒いはずなのに、どうしてお日様の匂いがするんだろう。
そう思うとなんだかおかしくてうっすらと笑う間も、イルカはカカシが眠らないよう名前をずっと呼び続けているのが心地よいゆりかごにいるようでした。


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