イルカの家に連れていかれたカカシは、暖炉の火の前に座らされ、冷たくなっていた身体を暖めました。時間が経つにつれて、思うように動かなくなっていた腕や足もようやく痺れが取れ、息をつけるようになりました。そうなると、目の前で心配そうにしているイルカに質問する余裕も出てきたのでした。
「どうして俺のところに?」
そう訊ねると、
「だって、誰も冬の間カカシさんを家に招いたりしていないっていうじゃありませんか。それを聞いてビックリしたんですよ。だって、とてもカカシさんが冬籠もりの準備をしてあるとは思えなかったから。とても心配しました」
とイルカは事も無げに答えました。
「だからわざわざあんなところまで?あなたの方が死んだらどうするつもりだったの?」
「俺は丈夫なだけが取り柄なので」
答えになっているようななっていないような言葉を返し、ニコニコと笑う目の前のアリ。それを見て、カカシは更に質問を重ねます。
「もし俺がいなかったらどうするつもりだったんですか?」
「それは考えてませんでした!」
思いがけないことを聞いたようにイルカは驚いて、目を丸くしました。
カカシはガックリしました。まさか本当にわかっていなかったなんて、と。
もしも自分があの場所を移動していたら、イルカはどうしていたのかと思うと逆に心配でした。そのまま探し続けて死んでしまったかもしれない、という可能性だって充分ありました。
「あなたね。何度も言うけど死ぬつもりですか!」
カカシが思わず怒鳴ると、イルカも負けじと言い返します。
「カカシさんこそあんなところにじっとしていて、死ぬつもりだったんですか!」
そう言われると確かにその通りだったので、反論できません。
「……だって、餌をもらうためにビオロンを弾くのは絶対嫌だったし。かといって自分で蓄えもないし。まあ、仕方ないかなぁ、と……」
オロオロと何とか言い返すものの、声に説得力はありませんでした。
「じゃあ、冬の間は俺の家にいるといいですよ」
とイルカが言い出しました。
「でも俺は……」
「餌をやるからビオロンを弾け、なんて言いませんから安心してください。」
「それじゃあ、タダで居候になってしまうし……」
カカシが遠慮すると、イルカは首を横に振りました。
「お礼です」
「お礼?」
「夏の暑い日、あなたのビオロンが働いている俺たちのために奏でられていたことはわかっています。だから、そのお礼です」
イルカは、ビオロンが仕事をする上でのせめてもの慰めになればと思ったカカシの気持ちをきちんとわかっていました。しかし、微妙に意味が通じていないようです。
「あいつらのためじゃなくて、あなただけのためなんだけどね。ねぇ、わかってる?わかってないんだろうなぁ」
カカシの呟きは小さすぎて、イルカには届きませんでした。もちろん届いていたとしても、意味が通じたかどうかはわかりません。
イルカはそんなこともわからないまま、
「冬の間はずっとここにいてください」
などと言うのです。
なるほど、アリというのはすごく鈍い生き物なのだとカカシは納得しました。
自分が思い悩んだあれこれは、このイルカにはどうでもいいことでしかないことを理解し、カカシは拍子抜けするやら少し腹立たしいやらホッとするやら大変でした。
なんだ、こんなことならいろいろ考えるんじゃなかった。思いつめて損をした。馬鹿みたいだ。それならこれからは遠慮なんて似合わない真似はしないでいいんだ。
と、勝手なことを考えていました。
そんなカカシの気持ちも知らずに、イルカはにこやかに言いました。
「さぁ、温かいスープです。どうぞ召し上がれ」
差し出されたスープからは温かそうな湯気が立ち上り、食欲を刺激しますが、その時ふとまたあの甘い匂いがするので手を止めました。
「どうしました?」
イルカはそういう時だけは目敏く変化に気づき、心配そうに声をかけてきます。
「いえ。あなたから甘い匂いがするので……」
カカシも思わず正直に答えてしまいました。がしかし、その後はまた見当違いなことを言い出すのです。
「さっき作っていたケーキの匂いかも?」
そう言ってくんくんと自分の身体を嗅いでいます。
カカシは、そういう意味じゃないんだけど、ま、いいか、と思いました。これからしばらくはこの匂いを嗅いでいられるし、恋人になったわけでもないのにわざわざ説明することじゃないだろう、と考えたからです。
あなたが好きだからですよ、なんて。
カカシは溜め息を吐きそうになりながら、肘をついた手に顎を乗っけるという行儀の悪い姿勢でイルカを眺めます。
「甘い物はお好きですか?後で食べますか?」
優しく聞いてくる問いに、
「あなたが作ったものなら何でも」
とカカシがにこやかに答えると、イルカは顔全体を赤くしました。
それを見たカカシは、まんざら脈無しというわけでもなさそうだと喜び、冬の間どうやって口説こうかと目まぐるしく頭を働かせるのでした。
【教訓】知り合いだからといって怪しい者を家に入れてはいけません。
●back●
2003.11.16初出
2008.05.16再掲 |