「イルカさんっ」
「……カカシさん?」
 だだっ広い大座敷の真ん中にぽつりと座っている二つの影の内の一つが、そう呟きました。
「ほぉ、これがイルカの旦那か。わしの若い頃に似て男前じゃないか」
 イルカは自来也の言うことを真に受けて、
「え、似てるんですか?」
などと言って二人を見比べたりしています。
「な、何ほのぼのしてるんですか!俺はあなたがここのエロ殿さまに何かされてないかと心配で心配で」
「すみません、カカシさん。心配をかけてしまって」
 カカシはイルカをぎゅうぎゅう抱きしめてから、ようやくほっと一息つきました。しかし、安心したことによって怒りがふつふつと湧いてきたようです。
「だいたいイルカさん。あなた、俺を舐めてんですかー!」
「え?え?何が?」
「『桃の実がなったら』って、それまで俺が大人しく待ってるとでも?一日でも顔を見なかったら死ぬって言ってるでしょうが!いつも何聞いてるんですかっ」
「ごめんなさい。でも、お殿さまのご機嫌を損ねたらこの土地では生きていけなくなると思っていたので……」
「イルカさんは案外馬鹿ですねぇ。この土地が駄目なら他で生きていけばいいでしょ。あなたがいれば俺はどこででも生きていけますよ」
「カカシさん……」
 カカシの言葉にじーんと感激しているイルカの横で、
「ふむふむ。あなたがいれば俺はどこででも……っと」
と自来也が紙に書き留めていました。
「なるほど、なかなか良いこと言うのぉ。これで筆が進みそうだ」
「何してるんですか、このエロ殿さまは」
「カカシさんっ。駄目ですよ、そんなことを言っては!」
 イルカが慌てて嗜めますが、カカシは知らん顔です。
「自来也さまは今度書く小説の参考に、俺の話を聞きたかったそうなんです。それを勝手に勘違いしてしまって……」
「小説?」
「『いちゃいちゃ天国純情可憐編』だ。あの絵姿を見てピンと来てな。ぜひ清楚な手本にしたいと思って連れてこさせたんだが、勘違いさせて悪かったのぉ」
 自来也が謝っても、カカシはまだ疑いの眼差しで見つめていました。
「そのお詫びと言っちゃあなんだが。お前さん、ここの城主になって暮らしてくれ」
「えっ」
 意外な提案に、言われたカカシではなくイルカの方が驚きの声を上げました。
「わしは小説が書ければ満足だから、もう城主は引退したいと前々から考えていたんだ」
「そんなことはお城の皆さまも納得しないのではありませんか?」
「まあ、隠し子だったとか何とか言っておけば大丈夫だろ」
 自来也はいい加減に応えました。
「あ、それ、さっき城へ入る言い訳に使っちゃった」
 カカシが悪びれずに言うと、イルカは痛む頭を抱え込みました。一方、自来也は喜んでいるようです。
「そりゃあ、いい!これで疑われずにすむじゃないか」
「んー、でも、殿さまなんて面倒くさそうなんでお断りしますよ」
 カカシはイルカと暮らせればどうでもいいと言わんばかりの態度です。しかし、もう譲って引退する気満々だった自来也は慌ててカカシを説得しようとします。
「城主になれば金はあるし、良いものは食べられるし、良いことずくめだぞ?」
「別にイルカさんさえ側にいれば何もいらないし。いつも顔を見ていられれば幸せだから」
「うーんうーん」
 ある意味無欲と言えば無欲なカカシに、自来也はどうすれば引き受けてもらえるかと頭をひねりました。
「そうだ!仕事さえ真面目にしていれば、ずっとイルカを側に置いて顔を眺められるぞ。どうせ人の挨拶を聞いたり、話し合いをしたり、書類にはんこを押したりするだけだからな」
 人は入れ替わり立ち替わり出入りするので、仕事が進むなら側に誰がいてもかまわない、と自来也は言うのです。それを聞いてカカシの返事は決まりました。
「そういうことならぜひ跡を継がせてください!」
 カカシは自来也の手を握りしめて返事をしました。
「そうか!やれやれ、よかった」
 自来也も満足そうです。
 事の成り行きを見守っていたイルカは、心配そうにカカシを見上げました。それに気づいたカカシが、
「大丈夫ですよ。一緒にいられたら大抵のことは何とかなります」
と笑ったので、イルカも微笑んで頷きました。


 こうして、自来也は思い通りに隠居しながら自分の好きな小説を書き続け、カカシはお殿さまとしてイルカの顔を毎日眺めながら仕事をすることができました。自分の好きなことをできて皆が満足な生活を送ったのでした。
 めでたしめでたし。


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2003.11.16初出
2009.02.28再掲


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