【絵姿女房・後編】


 天に舞い上がった絵姿は、ひらひらと殿さまのお庭に落ちてきました。
 散歩をしていた殿さまが偶然それを拾い上げます。
 そして、絵姿を見た瞬間、
「こ、これだぁ!」
と叫びました。それから家来を呼んで、
「こんな絵があるからには、実際にこの者がどこかにいるに違いあるまい。どうしても探しだして連れてこい」
と言いつけました。
「しかし、自来也さま……」
「連れてこなければ、わしが直接探しに行こうかのォ」
「わ、わかりましたよ。必ず連れてきます」
 家来は殿さまにお城の外へ出かけられては大変だと思ったので、探すのも真剣です。その気迫のおかげか、絵姿を見せて訊ね歩くうちに、ついにカカシの住む村へと辿り着きました。
「これと同じ者は知らないか」
と訊くと、村人が答えました。
「ああ、それならカカシのところへ嫁に来たイルカさんだなぁ。あっちに建ってる小屋に住んでるよ」
 家来はカカシの住む掘っ立て小屋を教えてもらい、戸板をどんどんと叩きます。
「ご免」
「はい、なんでしょう」
 出てきたイルカと手に持っている絵姿のを見比べて、家来は頷きました。
「うーむ。たしかにこれと同じ顔かたちだな」
「あ。それはなくしてしまった絵姿」
 イルカは手を伸ばして返してもらおうとしましたが、それは家来に阻まれてできませんでした。
「悪いが、お殿さまの命令でお前を城へ連れて行かないとならないのだ」
「はぁ。いつ戻ってこられるでしょうか」
 今カカシが出かけているので、イルカは夕飯の支度に間に合うように帰ってきたいなぁ、などとぼんやり考えていました。しかし、よくわかっていなかったイルカに家来は無情にも言いました。
「たぶんもう戻ってはこられないだろうな」
「ええっ、どうしてですか」
「お殿さまのお目にかなったのだからな。そのつもりで支度するように」
「そんな馬鹿な!だって俺は……」
「お前がこの話を断るのは勝手だが、そのときはお前どころかお前の夫まで酷い目に遭うかもしれないな」
「そんな……」
 イルカは衝撃を受けて黙り込んでしまいました。自分のせいでカカシが酷い目に遭うなんてことは耐えられないとイルカは思いました。しばらくじっと考え込んでいましたが、頭を上げて家来に言いました。
「わかりました。そのわかり、夫に置き手紙を書かせてください。きっと心配するでしょうから」
「まあ、それくらいならいいだろう」
 家来はイルカのことを哀れに思ったのか、手紙を書く間少しだけ待っていてくれました。手紙を書き終えると、イルカは大人しくお城へと向かったのでした。


 畑仕事を終えて帰ってきたカカシは、家にイルカが居ないことに気づいて首を傾げました。
 いつもなら笑顔で出迎えてくれるというのにどうしたのだろう。
 そう思いながら探し回ると、部屋の片隅にある行李の上に手紙が置いてあるのが見えました。イルカからの手紙です。それを手に取って読んでみました。
『カカシさんへ
 飛んでいった絵姿を見たお殿様が、お城へ来るようにとおっしゃいました。もう戻れないかもしれません。
 どうか桃の実がなったらそれをお城まで売りに来てください。そうしたらなんとか会えるよう頼んでみます。それまでお元気で。
イルカより』 読み終わったカカシは顔面蒼白になり、ぶるぶると震えだしました。
「イ、イルカさん!」
 無意識に手紙を握りつぶしていたカカシは、それに気づいて慌てて紙のしわを伸ばし終えた後、大事に懐にしまって家を飛び出しました。畑と家の間を往復していた韋駄天ぶりを発揮して、あっという間にお城へと到着です。
 さてどうやってイルカの元へ辿り着こうかと考え、カカシが高い石垣と深い堀を睨んでいると、運良く城下で用事を済ませて帰ってきたらしい上級女官が通りかかりました。
 カカシは是幸いと声を掛けました。
「もし、すみません」
「はい?」
 いきなり声を掛けられて不審げだった女官も、カカシの顔を見た途端機嫌良く微笑み返してきました。カカシは顔だけは十人並み以上に良い男でした。
「なんでしょうか」
「実は……俺はここのお殿様の隠し子でして。父に会いに来たのですが、内密に会うには一体どうしたらよいかと困っているところです。どうか助けてもらえないでしょうか」
 カカシはわざとらしく袂で目を押さえてみせます。女官はそんな演技に騙されて感激していました。
「まあ!自来也さまのご子息でいらっしゃいますか!……わかりました。私にお任せください」
 快く請け負った女官のおかげで、使用人向けの裏口から入り、人目につかないよう奥へと案内してもらえました。
「積もる話もあるでしょうから、人払いしておきますね、若さま」
「若さま?」
「自来也さまには今まで跡継ぎがいなくて困っておりましたが、あなたさまが来てくれれば安心です。どうか立派な城主になってくださいませ」
 やけに親切にしてくれる女官だと思っていたら、次の城主になる人間だと思っていたからだったのかとカカシもようやくわかりました。
 しかし、先ほどのは嘘だったとは露ほども顔に出さず、
「ありがとう。あなたの親切は忘れませんよ」
とにっこり笑ってみせました。
 実際労せずしてイルカに会えるところまで連れてきてくれたことに感謝していたので、この言葉に嘘はありませんでした。女官もそれを聞いて満足そうに笑って下がっていきました。
 その姿を見えなくなるまで見送ってから、カカシは襖の前で聞き耳を立てます。中はよほど広いのか、声はかすかにしか聞こえてきません。
「……でも…自来也さま……」
「まあま……そう言うな……」
 イルカの声が聞こえてきた時点で、カカシは思いきり襖を開け放ちました。


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