さすがに今度は逃げてしまったのだろう、と狼は考え、命の恩人を怖がらせてしまったかもしれないけれどこれでよかったと胸を撫で下ろしました。
 さて狩りに出かけようかと立ち上がった時に、またしてもイルカが息せき切って駆け戻ってきました。
「ジャガイモって食べられますか?……これでよければ!」
 差し出されたジャガイモと子豚をしばらく見比べて、ようやく狼は受け取ることにしました。
「ありがとう」
 お礼を言って食べる姿をイルカはじっと息を詰めて見つめていましたが、食べ終わった姿を見て嬉しそうに笑いました。
「俺の名前はイルカって言います」
 あなたの名前も知りたいと言わんばかりの、キラキラと輝く期待の眼差しに負けたのか、カカシは素直に口を開きました。
「俺はカカシです」
 答えが返ってきたことに喜ぶイルカは、さらに笑みを崩します。
 少しお腹が膨れたカカシは、立ち上がってイルカのしていた作業の跡を眺めました。
「何を作ってるんですか?」
 質問されると、イルカはいつも通りに
「藁で家を作っているんです」
と答えました。
 また笑われるかもしれないとイルカは考えましたが、それでも自分のやりたいことは曲げたくないと思っているのです。
「へぇ、藁ですか。そりゃあいい」
とカカシは言います。
 イルカは驚いて、まじまじとカカシを見つめました。カカシは藁を少し掴むと、楽しそうに弄んでいます。
「ストロー・ベイル・ハウスは、抜群の断熱性と吸湿性、遮音性がありますからねぇ」
「カカシさんもそう思いますか!」
 イルカの表情はみるみるうちに喜びに輝きます。
「小さい頃に父さんからその話を聞いてから、自分の家は絶対藁にするって決めていました。素朴だし、自然に還元できるし、良いところがたくさんあってすごく良い家になるでしょう?……なのに、誰も解ってくれないんです」
 さっきまで輝いていたイルカの表情が次第に曇って、耳までしょんぼりと垂れ下がってきました。
「ははぁ。誰も解ってくれなくて、落ち込んでる?」
「ええ……」
「ま、いいじゃないですか。他人がどう言おうと、自分の好きなようにすれば」
 狼がなにげなく言った言葉に、イルカは俯いていた顔を上げて微笑みました。
「そうですね。ありがとうございます」
 にっこりと笑ったイルカは、それはそれは嬉しそうです。今まで誰も認めてくれなかったことを良いと言ってくれたのですから。イルカがまだ話をしていたいと望んでしまうのは当然でした。
「カカシさんはどうやって藁の家のことを知ったんですか?」
「俺は世界中をふらふらと巡ってるんで……実際作っているところも見たことありますよ」
「わぁ、それはすごい!ぜひお話を聞きたいです」
 思わずイルカが近づいて、早く早くと催促するようにカカシを引っ張ります。
「……あなた、誰かに『狼に気をつけろ』と言われたことはないんですか?」
 カカシはイルカのあまりの行動に、呆れたように言います。お腹が空いていないとはいえ、狼に近づくなどと自殺行為だと誰もが言うでしょう。
「言われたことはあります。でも気にしません。だって……」
「だって?」
 カカシが意地悪く尋ねると、イルカはきっぱりと言いました。
「だって、カカシさんは悪い狼じゃないでしょう?」
 どうだ参ったかと言わんばかりに誇らしげに言うイルカを前に、カカシは前以上に吹き出さずにはいられませんでした。
「あはは、参ったなぁ」
 イルカは、どうして笑われたかよくわからないようで、小首を傾げます。けれど、考えてもわからないことはひとまず置いておくことにしたらしく、ようやく笑いをおさめたカカシに再び語り始めました。
「これから藁を圧縮したブロックを作って積み上げて、それから土を塗って壁にして、それから……やることはまだまだたくさんありますが」
 これから大変な作業が待っているというのに、イルカはどこか嬉しそうにしゃべっています。よほど話を聞いてくれるのを嬉しく思っているのでしょう。出来上がった完成像を思い浮かべて楽しみにしているということも伝わってきます。
「壁に適した土が、あっちの山を一つ越えた所にありましたよ。取ってきてあげましょうか」
 カカシがそう言うと、イルカは更に嬉しそうに笑います。
「本当ですか!もちろん俺も運びます。ぜひ連れて行ってください」
 今日これからでは暗くなる前に戻ってくるのが難しいので、明日の朝早く出発することにしました。
「今日はこっちで休みましょう」
 イルカは大きな樹の下を指差しました。根っこがちょうどいい大きさで囲んでいて、居心地は良さそうです。
「食べる物は、とうもろこしやじゃがいもならたくさんあるんです」
 おそらく誰かからもらったのであろう穀類は、そこに山と積まれていました。
 カカシはあまり食べるものには拘りません。腹が膨れれば肉じゃなくてもかまわないという、ちょっと変わった狼でした。
「じゃあ、ご馳走になります」
「はいっ」

 こうして、狼と子豚は出会ったのでした。


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2003.11.16初出
2009.01.31再掲


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