部屋にはアスマが座っていた。
髭が知ってるかどうかはかなり疑問だったが、とりあえず今現在質問できるのは一人しかいない。
「なあ。バレンタインデーって何」
「ああ?お前知らないのか?」
「うん。だって二月のこの時期って、いつも山の神社の警備だったからさぁ」
「ああ、そうか。あそこの任務はこの時期だったな」
毎年毎年駆り出されていたから、二月に里にいたことはあまりない。雪が深いからほとんど冬ごもりになるのだ。節分は神社でも恒例行事だから知っているが、バレンタインデーは聞いたことがない。
「だから、バレンタインデーっていうのが何か知りたいんだよー」
「どうした。そんな行事に拘るような人間でもないくせに」
今まで知らずに生きてきたなら、これからも知らぬままで支障がないだろうとアスマは言うのだ。そりゃもっともな意見だ。
だがしかし!
今はそんな悠長なことは言っていられない。なんといってもイルカ先生に嫌われるかどうかの瀬戸際なのだ。
いやいや、縁起でもない。嫌われるなんて言葉は。そんなことはありえない!
実はかくかくしかじかでと説明すると、目の前の男はふむふむと聞いていた。そして、すべて聞き終わってしばらく黙っていたかと思えば、ニヤリと笑った。
「バレンタインデーっていうのはな、一年に一日だけ公然と『嫌い』と言っていい日だ」
「ふぅん、そうなんだ」
なんだ。知らないなりに想像していたけど、それとは違った。
嫌いと言っていい日ってなんだ?だいたいチョコレートは一体どう関係してくるんだ?謎だ。
「俺にはあんまり関係ないなぁ。嫌いなときはいつでも嫌いって言うし」
「……まあ、お前はそうかもな。だがしかし、一般人は普段面と向かっては言えないもんだ。そこで、あのチョコレートを渡して『嫌い』という意思表示をするわけだ」
「へぇ」
ん?何かがひっかかった。何だろう。思い出せない。
首を傾げている間もアスマの説明は続いていた。
ま、いいか。思い出したときで。
「でも、ハートのシールとか貼ってあったぜ?チョコの箱に」
「あれは『嘘偽りのない私の本当の気持ちです』という意味だ」
ああ、なるほどねー。心ってことだ。
そう説明されるとだんだんと納得してきた。
「チョコの中でも一番気をつけないといけないのはホワイトチョコだな」
「あの白いやつが?」
「そうだ。あの白いのは『大嫌いだから、もう顔も見たくない』って意味だ。恋人から貰ったら致命的だな」
「ええっ、そうなのか!」
あの白いチョコにはそんな悪魔のようなメッセージが!
初めて知った衝撃の事実に、ふっと耳に甦ってきた言葉があった。
『カカシ先生も欲しいですか?』
そ、そういえばイルカ先生にチョコレートが欲しいかと聞かれた!
「どどどうしよう!チョコが欲しいかって聞かれたから、欲しがってるって思われたかも!」
「あー、そりゃマズかったな」
マズいって何だよ。
「いいか、よく聞けカカシ。普通バレンタインにチョコが欲しいなんて『別れたい』と言ったも同然だ」
「いいい言ってない!俺はそんなこと一言も言ってない!」
「でもお前、チョコ欲しいって言ったんだろ」
断じて違う!そんな意味を込めて言ったつもりはカケラもなかった。
「俺、イルカ先生に訂正してくるっ」
慌てて控室を飛び出した。


「イルカ先生!」
受付所にはいつも通りにイルカ先生が座っていて、思わず駆け寄った。
もしかしたら並んでいた列を蹴散らしてしまったかもしれないが、それにかまっている暇はない。今眼中にあるのはイルカ先生だけなのだ。
「どうしました?カカシ先生」
のんびりと聞いてくる声に聞き惚れながら、がばりと手を握りしめた。もちろん両手で。
「俺、チョコレートなんて欲しくないです。ぜったい欲しくないですから!」
「はあ」
納得してないような返事に、わかってもらうまで毎日言い続けなくては!と心に誓った。


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