隣を見るとまだ髭が『10倍……』とか呟いていて、なんだこいつと思ったが、それよりも早く帰ってじっくり品物を考えようと立ち上がった。
「ありがとう、紅。感謝してるよー」
「どういたしまして」
別れ際、紅はにっこりと笑って手を振った。


帰る道すがら、実は途方に暮れていた。
約3000両の品物と一概に言っても、いろんな候補がある。
それに紅が嘘を言っていると疑うわけではないが、アスマたちの反応を見ると10倍はどうやら破格っぽい。そういう高い物を買ったとして、本当はイルカ先生が喜んでくれるかどうか疑問だった。いつも無駄遣いは止めなさい!と厳しく言われているのだから。
いったい何が正しくて何が間違っているのか判断がつかない。どうしたらいいんだろう。
そのとき、ふとイルカ先生の言葉が思い出された。
『知らないなら知らないで、最初に正直に言えばよかったじゃありませんか』
そうかもしれない。イルカ先生の言うことはきっと正しい。
わからないのに闇雲に突っ込んでいくのは危険だ。忍びの常識でもある。
そう決心した頃にイルカ先生の家の前まで辿り着いていた。
いつも通りに上がり込み、思いきって本人に聞いてみた。
「イルカ先生、バレンタインのお返しに何が欲しいですか?」
「なんでも嬉しいですよ」
「そういう答えじゃなくて……」
もちろんイルカ先生は儀礼的にそう答えるのはわかっていた。そこを敢えて粘る。
「ホントです。でもね、その前にちゃんと聞いてくれたことの方が嬉しかったかな?」
「え?」
「『わからないことはちゃんと聞いてください』って言ったこと、覚えてるってことでしょう?」
「あ、はい」
そりゃあ覚えていたけれど、そんなことで喜ばれるんだろうか。変な気がしたが、喜んでいるのならいい。
迷っていたことを正直に告白できてよかった。
「いろんな人に聞いたんですけど、お返しは何が一番いいのかわからなくて。昨日はマシュマロを作ってみたけど失敗したし……」
「マシュマロを作ったんですか?じゃあ、それがいいです」
「え、でもー、あれはマシュマロっていうより白い物体って感じで、餅みたいですけど……」
あれを思い出すだけで、だんだんと意気消沈してきて声を小さくなっていく。
「いいですよ。せっかくカカシ先生が作ってくれたんだから、それをください。一緒に食べましょう?」
イルカ先生はそう言ってくれる。
嬉しかった。頑張って作った俺の想いもちゃんと伝わっているんだ。
「じゃあ、明日!明日持ってきますから」
せっかくだから成功したものを渡したい。お姉さんに教えてもらったことだし、明日の朝作り直そうと心に決めた。7班の集合には遅刻するだろうけど、忍びだから少しぐらいなら修行のうちだ。そう考えたのだが。
「そうだ!今から取りに行きましょうよ。できてるんでしょう?」
「ええーっ」
あれを食べさせるのか?とすごく不安で行きたくはなかったけれど、イルカ先生は気にした風もなくさっさと出かける支度をして外へ出てしまった。
あまりにも楽しそうなので、嫌だというのも大人げない気がして渋々ついて行く。
俺の家へと向かう道すがら。
「あ、そうだ。仇はとっておきましたからね」
「へ?」
突然とイルカ先生は意味不明のことを言う。
「アスマ先生に嘘をつかれた仇です。紅先生に話したら協力するって言ってくれたので」
「あ!もしかして今日の紅の話って……」
あれはアスマを騙すための嘘だったんだ。10倍返しって。道理でおかしいと思った。
「アスマ先生、青くなってました?」
「あはは、なってましたなってました!」
そういえばバレンタインデーに高いライター貰ったって自慢してたっけ。あれが紅からだったとしたら、そりゃあ10倍は青くもなるなぁ。
ひとしきり笑った後、イルカ先生が喜んでくれるといいなぁと思いながら、白くのびきったマシュマロに思いを馳せるのだった。


END
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2005.03.19


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