「何やってるんだ?」
「あ、イルカ先生。見て見て。カカシ先生の小さい頃の写真に写ってるのが出てきたんだってばよ」
ベッドの上に飾ってある指差された写真を見れば、たしかに服の上から装着しているベルトと同じ物だった。その頃の物を取ってあるなんて、カカシにしては珍しいことだ。きっと大事な物なんだろうと考えた。
が、しかし。カカシは言った。
「これ、『猫背矯正ベルト』ですよ」
「は?」
「四代目がねー、『忍者たるもの、姿勢が良くなくてはならない』とかなんとか言っちゃって。無理矢理付けさせられたんですよねー」
猫背矯正ベルト……。
「でもこれ辛いからヤなんです。いっつも四代目の目を盗んでは外して叱られましたー」
ははは、と笑う姿にガックリくる。
前言撤回。
別に大事なものではなくて、ただ単に嫌だから目の触れない奥深くに仕舞っておいて、捨てそびれただけのようだ。
どうしてこの男はいつもこんなに子供みたいなんだろう。ヤなんです、ですませようなんて。いや、実際その当時は子供だったわけだけれども。
「結局注意してくれる四代目も亡くなって、ずっと仕舞ったままだったんです。いや、ホント懐かしいな」
「……付けなさい。今からでも付けなさい」
「えー、イルカ先生。今からじゃあ遅いですよぉ」
「いいから付けなさい!だいたい姿勢が悪いと内臓は圧迫されるは、骨盤は歪むはで良いことないんですよ!」
イルカに今すぐつけろとベルトをぐいぐいと押しつけても、カカシにまったくつける気配はない。
「死にゃしませんよ。だいたいこれ、子供用じゃないですかー」
「ああ、そうか」
イルカもあまりのことに冷静な判断ができなくなっていたようだ。
今から大人用を買ってくるべきかとぶつぶつ呟きながら思案しているところを見ると、よっぽど気になっているらしい。
その時サクラが口を開いた。
「いいじゃないですか。猫背だって」
「いや、しかしな…」
「イルカ先生、よく考えてみてよ。猫背じゃないカカシ先生なんて、カカシ先生じゃないわよ!」
「あはは。サクラちゃん、うまいっ」
ナルトが無邪気に笑っていた。
イルカの肩がガクリと落ちる。
言われてみればそうかもしれないとは思う。カカシが猫背じゃない姿なんて想像もつかない気はする。
しかしそれを子供に指摘されるとは。
けど、人間気になるものは仕方ない。イルカは姿勢のいい人間が好ましいのだ。今さら言っても仕方のないことはわかっていても、きっとアレをずっと着け続けていれば!とイルカは思っているに違いない。
「イルカ先生は俺が猫背だと嫌いになりますかー?」
しょぼんとして聞いてくるカカシに
「そんなことありませんよ」
と苦笑していた。
慰めのようにも聞こえるが、たぶん心の中で本当そう思っているのは間違いない。
猫背だからといって嫌いになるわけではない。
あばたもえくぼ。そういうものだ。
心の中で頷いて足を踏み出した途端、何かがふにゃっと足の裏の下敷きになった。
「なんだこりゃあ」
それは青・緑はもちろんのこと、黄色に紫、赤に黒。ありとあらゆる色が所狭しと自己主張をしている物体。
「あ。それ、大福だー」
のんきな声が耳の中で木霊する。
大福?これが大福か?
「梅雨でカビが生えちゃって。テヘ」
「せっかく俺があげた大福餅、どうして食べないでカビ生やしてるんですか!もう食べられないでしょうが」
「えーだって、イルカ先生からもらった大福なのにー。食べるなんてもったいないじゃないですか」
「食べない方がもったいないです」
そうか。イルカからもらったものだから食べなかったのか。
いや、問題はそこじゃねぇ。
もはや凄まじすぎて、足を退けた後でもまだ踏んだ感触が残っている。自分でも鳥肌が立って涙目になっているのがわかる。
子供たちも集まってきてそれをじっくりと観察すると、騒ぎ出した。
「うわっ、なんだコレ!」
「いやぁー!何この蛍光オレンジ!もしかして新種?新種なの!?」
「餅の白が見えねぇー…」
「ほら見なさい。みんなだって嫌そうでしょう。捨てますよ」
「ああー駄目です!せっかくイルカ先生にもらった貴重なモノなんですから、捨てるなんてもったいない!」
まあカビの研究という点では貴重かもな。
だれも突っ込もうとはしなかったが。


以来、カビは俺のトラウマになったような気がする。
それは気のせいではないはずだ。


END
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2003.06.28


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