【アスマ先生の受難・前編】


ある日突然、カカシがアスマに宣言した。
「俺、暗部辞める!」
「どうした。何かあったのか?」
カカシは自分から希望して暗部にいるわけではない。
だって断ったらいろいろメンドくさいしー。三代目が他になるヤツいないって泣いて頼むからー。
そう言っているのを聞いたことがある。
普通暗部といえば忍びの憧れの的のはずだが、カカシにとってはどうでもいいことらしい。
それが今日は暗部を辞めると言いだした。
よほど辛い任務に当たってしまい、もう嫌気がさしたのかもしれない、とアスマは思ったので質問してみたのだった。
「イルカ先生と一緒の教師になる!」
「イルカ……ああ、あの中忍か」
最近ではもう耳にタコができるくらい聞かされている人物を思い浮かべる。
驚いたことにカカシは恋をしていた。
どうやら初恋らしい。
今まで何に対しても興味がなかった無感動人間が恋をしたと聞いたときは、そりゃあよかったと心から思ったものだ。
だがしかし。
今となってはそんな気持ちはひとかけらもなかった。
今朝のイルカ先生は髪に寝癖がついててね。
昨日アカデミーから帰る途中、石に蹴躓いて転びそうになったんだよ。あーもー可愛いったら!
等々。
まるでストーカーまがい、いやまさにそのもの。
そのうえ逐一それを報告に来るカカシに、アスマはウンザリしていた。
今まで他人に無関心だったのは、あれはなんだったんだと文句を言いたかった。
「だって教師になったらイルカ先生とペアルックで歩けるんだぞ!!」
「…いや、それは制服だろ」
「イルカ先生とペアルック〜v」
「…………」
人の話を聞けよ。
そう言おうかとも思ったが、きっと無駄に終わるだろうと予測できた。
無駄なことはするまい。
それにしてもどういう思考回路なのか不思議だった。
たしかに暗部支給の忍服は普通の制服とは違ってはいる。
だが、普通の忍服が他の忍びも多数着ているものだということぐらいわかりそうなものである。現に里に帰れば多数の人間が着て、ごろごろ歩いている。
もはやカカシの眼にはイルカの姿しか写っていないのだろう。
「じゃ、俺辞めてくるから!」
「…ああ」
嬉しそうに去っていくカカシをぼんやりと眺める。
もう好きにして欲しい、そんな気持ちでいっぱいだった。
自分に迷惑がかからないならもう何をしてもいいとすら思っていた。


だが、アスマの災難はまだ続いていた。
今年は下忍を受け持つこととなり、結局カカシと共に行動することが多くなってしまったためだった。
「アスマぁっ!貴様、なんで俺と同じカッコしてるんだよ!」
「いや、だから制服だって」
本当に人のいうことを聞かない奴だ。ため息が漏れる。
「これでもつけやがれー!」
「なんだこりゃ」
「火影特製バンダナ。腰に巻いとけ!」
「………」
殺気すら纏っているカカシにアスマは逆らわなかった。
でかでかと「火」の文字がはいったその布はダサい気もしたが、この程度ですめばたいしたことはない。
「そんでもって左足にテーピングは厳禁!没収。これでイルカ先生とペアルックなのは俺だけだ。フッ」
「…あっちの奴はいいのか?包帯してるぞ」
「あっ!」
「そっちにもいるぞ」
「くっ。こうなったら里中を粛正してやる!」
「風紀委員会でも作るのか」
「ナイスアイディアだ、アスマ!むろん委員長は俺だ」
「っつーか委員は一人もおらんだろ」
アスマのツッコミはカカシの耳には届かなかった。
「よっし、さっそく活動開始だ!」
「まあ、がんばれよ」
「むろん副委員長のお前もがんばれ!」
「…………」
どこをどうしたらそんな話に?
カカシの脳みそは本当にどうなっているのか、カチ割って覗いてみたい衝動に駆られた。
いや、待て。
ここは大人の自制心だ。がんばれ、アスマ。
自分で自分を励まして、なんとか衝動を耐えたのであった。
「めんどくせぇ」
ささやかな抗議の呟きは虚しく響いていた。


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