結局散乱した台所の片付けは、すべてイルカ先生がしてしまった。
泣いている俺への最初の質問は
「火傷してませんかっ」
だった。
鍋の中はまだまだ水の状態で、どちらかといえば玉ネギのせいで眼が痛かった。
そう伝えると
「とにかくお風呂に入って、着替えてきてください」
と優しく諭すように言われて、しぶしぶそれに従った。
風呂から上がってきてみれば、台所は先ほどの戦場最前線のような状態はカケラも感じられなかった。
それどころか、すでに夕飯の準備もほとんど終わっていた。
は、はやい。
どこの上忍だ。
呆然としているところに声をかけられる。
「どうしたんですか、急に料理なんて…」
夕飯は出来上がらなかったが、それでもこれだけは伝えなければ!
イルカ先生の肩をガッと掴んだ。
「あのっ、イルカ先生、誕生日おめでとうございます!」
「えっ」
「だからお祝いに夕飯を作ろうと思ったんですけど……慣れないから失敗しちゃって……ごめんさないっ!!」
イルカ先生は俯いて黙ったまま。
ああ、もう完全な失敗だよな。
こんなんじゃあ喜んでもらえるどころじゃない。
結局何か食べられるものが出来上がるどころか、台所を散らかすだけ散らかして片付けさせるなんて……
なんか無難なものでも買ってこればよかった。
でもこっちの方がきっと喜ぶと思ったんだよなぁ。
失敗したら元も子もないが。
気分はもう海抜数千メートルまで落ち込んだときだった。
「…あ、ありがとうございます」
ぐす。
と鼻を啜る音と共に返事が返ってきた。
「ど、どうしました。イルカ先生!」
「すみません。嬉しくて…こんな風に祝ってもらうなんて初めてです」
「でもー、結局失敗してしまったし…」
「そんなっ。気持ちだけで充分嬉しいですよ!」
瞳を潤ませながらにっこり笑ってくれた。
こ、これは!
課程には失敗したけど最終目標は達成したってやつ?
よし!
喜びのあまり、俺は握り拳をふるふると震えさせた。
「あ。あとでケーキにロウソクたてて消しましょうよ。ケーキは買ってきたやつだから絶対美味しいですよ!」
「はいっ」
さらに嬉しそうな顔を見て、俺の今日の努力もまったく無駄ではなかったと思えた。
今年は少し失敗だったけれど、来年はもっと喜ばせるものを用意しなくては。
来年も再来年も、その次の年も、その次の次の年も。
ずーっとずーっと一緒だからあせることはない。
大好きなあなたがこの世に産まれてきた記念すべき日だから、ちゃんとお祝いしよう。
俺の最大の感謝と愛をこめて。
●back●
END
2002.07.20初出
2003.05.26再掲 |