それは元旦のこと。
昨日のギリギリまで仕事に追われて忙しかったが、俺もイルカ先生もようやく休暇が貰え、お正月を二人でのんびり過ごせることとなった。
初めて一緒に過ごすお正月。炬燵に入り蜜柑を食べTVを観ながらのんびりする。それは憧れていた暖かい風景そのもの。
なんて幸せなんだろうと思う。
日が暮れてきた頃、イルカ先生が尋ねてくる。
「カカシ先生。夕飯は何が食べたいですか?」
「ん〜、そうですね。せっかくのお正月だし、雑煮が食べたいですね」
「そうですか。朝に食べたのに、よっぽど好きなんですね」
とイルカ先生は笑った。
「え? 朝?」
「朝作った雑煮の汁がまだ残ってますから、すぐできますよ」
不可解なことを聞いて、首を傾げた。
「朝、雑煮なんて食べましたっけ?」
「は?」
「朝食べたのは、餅入りの煮物ですよね?」
と確認してみた。もしかして覚えてないのかと思ったから。
イルカ先生だって忙しかったのだと思う。
年末は誰だって忙しい。
実際俺自身も任務に明け暮れて、ほとんど家に帰れない日が続いた。
アカデミーは冬休みに入っていたとは言え、任務受付は混み合っており、そのうえ仕事をさぼりがちな五代目の用事も言いつけられることもあって、イルカ先生もいつもより多忙な日々を送っていた。
だから、大晦日に年越し蕎麦が出てきた時には驚いた。
『これがないと無事に年が越せませんからね』とイルカ先生が笑って持ってきた蕎麦は、すごく美味かった。
108つ目の除夜の鐘が鳴り響いた時、『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』と挨拶を交わして、二人で年を越す幸せを実感し。寝て起きた朝に出てきたおせちのお重にさらに驚いた。
まさか用意してあるとは思ってなかったからだ。しかも手作り。
さすがに品数は少なかったが、それでもきちんと黒豆や栗きんとん、数の子かまぼこ伊達巻きといった立派なおせち料理が詰め込まれていた。
もちろん感激して食べた。美味しい美味しいと誉めて食べる俺を見て、イルカ先生も満足そうに笑っている。まさに元旦というのにふさわしい朝だった。
里芋などの煮しめに焼いた餅を入れたものが出てきた時、ああ雑煮だけは間に合わなかったんだなと思った。
けれどそれがなんだというのだろう。
これだけ頑張ってくれたのだ。間に合わなかったことに文句を言う筋合いじゃない。
心の中でひっそりと思うだけに留め、俺はお正月気分を楽しんだ。
そんな朝の出来事を思い出していたのだが、イルカ先生は違うと首を振って否定する。
「あれは雑煮です」
「ええっ!? 今朝のは醤油で煮込んだ汁に焼いたお餅が入ってましたよ? 野菜がごろごろ入ってて美味しかったけど、でも煮物でしょ?」
「何言ってるんですか。雑煮は醤油味に決まってるじゃないですか。野菜もたっぷり入ってなくちゃ物足りないし」
「ええーっ。だって雑煮は丸餅に白味噌ですよね? そんな、醤油味なんて……」
煮物じゃないんだから。
そう言おうとして口をつぐんだ。さすがに言い切ることは出来なかった。
ぴくりとイルカ先生のこめかみが動いた気がしたからだ。
「……今、馬鹿にしましたね?」
「え、いや……」
目が据わってる。
さすがに不味いと思い、何か言わなくてはと思ったが何も言葉が出てこない。
そんな俺を見ながら、イルカ先生はふっと鼻で笑った。
「白味噌? あんなのただ甘いだけじゃないですか」
「イ、イルカ先生?」
「醤油の方が断然美味いです」
きっぱりと断言されて、ちょっとカチンときた。
そりゃ醤油だって美味しいけど、やっぱり雑煮は白味噌でしょ?
「白味噌の方がまろやかで香り高くて濃厚ですよ」
「醤油の方が食欲をそそる良い香りです!」
決して譲らないイルカ先生。
けれど俺もこれは譲れなかった。
「白味噌は餅に合いますよ」
「そりゃあ丸い餅には合うかもしれませんけど……だいたい餅は普通四角でしょう? のし餅って言うくらいだから」
「なっ。餅は丸餅でしょ! 四角なんて角がたちますっ。丸くないとお正月が来ないでしょ!」
力説したが無駄だった。
「丸いのは鏡餅だけで充分です。雑煮は角餅って昔から決まってます」
「決まってませんよ!」
一方的に決められてはたまらない。誰が決めたんだ、誰が。
「そもそも餅を焼いてから煮汁に入れるだなんて……」
そこからして間違っている。
と指摘したが、イルカ先生はそれが気に入らなかったらしい。
さらに目つきが鋭くなり、声も大きくなっていく。
「煮すぎて溶けてる餅なんて食っても美味くないんですよ! ふにゃふにゃしてて歯ごたえも何もあったものじゃない」
「焼いたら皮が固くなるじゃないですか! 餅は軟らかさが命なんですよ!?」
「焼いた方が香ばしいでしょうが!」
「味噌の香りを邪魔するだけです」
イルカ先生は身体を震わせて叫んだ。
「うちは代々醤油味なんです!」
売り言葉に買い言葉で、つい口にしてしまった言葉。
「俺だってずっと丸餅白味噌の雑煮を食べて育ったんです。そんな醤油の煮汁なんて雑煮じゃありません」
口にした瞬間、空気が凍った。
あ、しまったと思った頃にはもう遅かった。
蒼白になったイルカ先生の顔が、次第に朱色に染まっていき。
「もうけっこう! そんなに白味噌の雑煮が食べたかったら、どっか他の所に行って死ぬほど食えっ!」
首根っこを掴まれて放り出された。
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2009.01.10
味噌vs醤油 |