「心臓止まってる……のに生きてる。ええっ、どうして!」
イルカは自分の脈がないことを確かめるのに忙しい。
「……ってことは死人返り!?」
魔物だぁと騒ぐ姿もどこか間が抜けていて、たしかにイルカ本人に間違いないだろう。
なんてことだ。
まさかイルカが死んだときに俺が流した涙が実は涙の宝石で、貴重な宝石を使ってイルカを生き返らせてしまったなんて。死んでも言えない。
元々ここから出るために宝石を探していたのだから、偶然にも封印が解けてしまったからには何に使おうがかまわないと言えばかまわない。そう、言うなれば気まぐれだ。きっと絶対。
しかし、なぜ封印が解けたかといえば。
あの僧侶は言ったのだ。人を思いやることを知ったときに解けると。
そしてなぜ涙が宝石になったのか。
それはつまり。
「カカシ!」
考えに没頭していたため、突然名前を呼ばれて驚く。
「あのさ……なんでこうなったのかわからないけど、俺も立派な魔物の人になっちゃったみたいだ」
魔物に立派も何もないってわかってるんだろうか。
だいたいイルカは魔物じゃない。ただ宝石の力で生きているだけで。
「このままじゃ今まで住んでいた村には帰れないから……カカシと一緒に行ったら駄目?」
「え」
「カカシは魔物の先輩だし。いろいろ教えてもらいたいんだ」
イルカはいろいろ説明していたが、ほとんど聞こえてなかった。
一緒に行く。
これからはずっと側にいるってことなのか。
途端に心臓の鼓動が早まった。
それはきっと最高に楽しいだろう。笑いかけられ名前を呼ばれる日々が続くのは。
「あ、そうだ。お腹空いたら俺のこと食べていいから! 全部食べていいよ」
「……食べていいのか」
「もちろん。元々そのつもりだったし。カカシなら食べていいよ」
イルカ自身に言っている意味が分かってるとは思えない。
けれどその言葉は俺に喜びをもたらす。
「そうか。わかった」
わかったよ。
どうして俺の流した涙が願いの叶う宝石になったのか。
どうして俺がイルカを生き返らせたのか。
自然に笑みが漏れた。
あの憎たらしい僧侶が言った通りだった。
俺が『わかった』と言ったのが嬉しかったのか、イルカはいつものようにぽやんと笑った。俺の好きなあの顔で。
「じゃあ約束だ」
微笑む唇にそっと口づける。
何をされたか分かってないのか、イルカはぼんやりとしている。本当に約束の印だと思っているのかもしれない。
いつかイルカに『食べる』意味が分かったら、その時に食べよう。そう決意した。それまでお楽しみは取っておく。
「行くか」
「え。う、うん!」
ぼんやりしていたイルカは弾かれたように頷いて、トテトテとついてくる。
そうか。人間は弱いからゆっくり歩いてやらないとな。
一緒に行くんだから。
その言葉はまるで呪文のように俺の心に響いた。
こうして俺たちは西の洞窟を後にしたのだった。



昔々、血も涙もない氷の魔物の流した涙は、宝石になって願いを叶えたのだそうな。
めでたしめでたし。


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2007.09.08


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