それから何日か過ぎた。
逃げたら拘束しようと思っていたイルカは、まったく逃げる気配はなかった。むしろ岩場に寝泊まりしているせいか、少し顔色が悪い気がする。
それでもなぜかぽやんと笑うので、つい放っておいたのだが。
「いたっ」
「イルカ?」
様子がおかしい。
俺の側にある岩に乗せてやると、ぎゅっとしがみついてくる。その力が強いのは痛みがある証拠だ。
どうしたらいいのか戸惑っていると、呼吸の乱れたイルカが無理をして笑う。
「俺ね、カカシ。心臓の病気でもうすぐ死ぬんだ」
「な、に…?」
「だから死んだら食べていいからね。最初から食べてもらおうと思ってここに来たんだ」
わざわざ魔物の棲む洞窟へ来たのは、死ぬために?
「ど…して」
喉がからからに渇いて尋ねる声が掠れる。
「だって、そうしたら俺でも何かの役に立てるかと思って。どうせ死ぬなら役に立って死にたいから」
そんな馬鹿げた理由で。
魔物の役に立ってどうするっていうんだ。どういうお人好しだ。
「カカシに会えてよかった。……本当は、もう少し一緒にいたかったなぁ……」
ありがとう、と口がその形に動いたが、声は俺の耳まで届かなかった。
イルカの腕の力が抜けていく。
このままでは落ちる。
とっさに封じられている腕を伸ばそうとしたら、あんなに固かった氷はなぜか容易く割れ、イルカを支えることができた。今まで身体を拘束してきた氷もすべて割れて溶け出す。
しかし、それを不思議に思う暇はない。
壁を蹴って地面に降り立ったが、イルカが腕の中でぐったりとしている。
頭ががんがんと痛み、血が逆流しそうだ。
「イルカっ、イルカ!」
うるさい、俺の心臓。
イルカの心臓の音が聞こえないじゃないか。
必死に胸に耳をあてて鼓動を感じようとしたが、何も聞こえなかった。呼吸も止まっている。
死?
死んだってことなのか。イルカが?
このままでは体温も急速に冷えていくだろう。
硬直し、そのうち肉が腐り果て骨だけが残る。今まで死んでいった人間のように。
「イルカ……」
呼んでも答えない。
もう笑ったりしない。
俺の名を呼ぶことも二度とない。
それが死だ。
その事実を悟った瞬間、目頭がかぁっと熱くなり胸の奥の奥まで痛む。
ほろりと零れ落ちた涙は地面に落ちて、かつんと音を立てた。


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