【田舎に泊まろう!2】


放り出されはしたが、とりあえず仕事は完遂すべきだ。いや、しなくてはならない。
なぜならば、社長命令だからだ。
もしも失敗して帰ってみろ。あの怪力でこめかみをごりごり潰され、頭蓋骨陥没って事態にもなりかねない。
俺、死ぬのは別にいいけど、痛いのは嫌いなんだよねぇ。社長の逆鱗に触れるくらいなら死んだ方がまし。
なので、今回もなんとかうまくやらなくちゃ。
まあ適当に笑顔を振りまいて田舎者を騙して一晩泊まれれば成功だ。さっさとやり遂げて帰ろう。
そう考えて、手にしたハンディカメラを回しながら歩き始めた。
が。
歩いても歩いても田んぼしか見えない。さすが田舎、人の気配がない。
こんなド田舎では人間に会う機会も限られてくるのだと知った。しかし誰かに会えなくちゃ話が始まらない。どうする?と戸惑っていたところ。ようやく子供発見!
よーしよし。これで社長のコンセプトやらも達成の予感だ。
子供と戯れて宿を確保。俺って賢い。
「あのー、ちょっといいかな」
どうやら集団下校らしき子供たちに声をかける。
「やだー、はたけカカシ!」
「きゃー、嘘ー」
子供と言えど立派な女。甲高い歓声が上がり、それに応えるべく笑顔をサービスする。
田舎でも都会でも芸能人への反応は同じだ、と満足していたのだが。
「え、誰? かかしって畑に立ってる案山子がどうしたってばよ?」
一人、派手派手しい金髪の子が聞いてきた。
その反応にはさすがにがっくりきたが、まあそこは田舎。知らない者もいるだろう、と気を取り直した。
「馬鹿ナルト! はたけカカシって言えばスタァよ。本当ならテレビでしか見られない生き物なんだから」
生き物呼ばわり。可愛い顔をして結構キツイ子だなぁ。
ま、いいけど。実際芸能人なんてそんなもんだしね。
「へぇぇ、兄ちゃんすごいんだな!」
動物園で珍獣を見るような目つきだったが、とりあえず面目は保てそうだ。
「どうしてこんなところに?」
それは田舎に泊まる番組の撮影だから。
正直に言ってしまいたかったが、なぜかすぐバラすのは番組の構成上よくないという説明を受けたっけ。面倒くさい。
「今、一人で回る旅番組をやっててね」
「だからカメラ持ってるんですかー」
「そうそう。それで、みんなの学校や町を案内してもらえないかなぁと思って」
お泊まり交渉の前にそこの町を見て回るのは番組上不可欠。自分で探し回るのは大変だから、子供に案内してもらい適当に良いところを見せれば画的にベストだ。
「じゃあ、俺たちがアンナイしてやるってばよ」
ナルトと呼ばれた子供が、目をキラキラさせて請け負った。
「俺は面倒くせぇから帰る」
おでこの広い子がだるそうに去りかけたが、
「ええー、シカマルも来なさいよ」
髪の長い女の子に引き止められ、しぶしぶという態で残った。
こうして子供たちを引き連れて、学校へと向かう。
最初は遠慮がちだった子供たちも、だんだんと打ち解けてきて道すがらおしゃべりで盛り上がった。
「そんで、イルカ先生がー」
イルカ先生っていうのはナルトたちの担任だそうだ。
最初は怒るだけの暴力教師かと思ったが、どうやら違うらしい。
「ラーメン食べながら怒るから、きったなくてさ。ゲンコも痛いし」
怒ると怖いけど、優しくていつだって真剣なイルカ先生。子供たちに慕われる良い先生なのだろう。むしろ心を許しているからこそ親しみを込めて貶しているのだ、とようやく気づいた。
先生……イルカ先生ね。
どんな先生か一度会ってみたいなと思ったが、残念ながら辿り着いた学校にすでにイルカ先生は居なかった。
小さな木造の校舎だった。この教室がいつもみんながいるところ、あの教室は理科の実験をするところ、といろいろ見て回る。俺は木造校舎なんて知らないが、それでも何故か懐かしい感じがするところだった。
その後は、子供たちの提案で校庭でドッジボールをすることになった。
ドッジボールと言って侮るなかれ。元気いっぱいの子供に付き合うのはけっこうな運動量だった。
だんだんと日が傾き、空も茜色に染まっていく。
さて、いい加減今日泊めてもらう家を決めなくては。
「実は俺、今日泊まるところを決まってなくて。お金もないし、誰かの家に泊めてもらえないかな」
あっさり決まるだろうと高をくくっていた。
だが、しかし!
「ごめん、兄ちゃん。俺んち、じいちゃんがすっげー頑固じじいでさ。無理なんだってばよ」
「私は泊まってほしいって思ってるけど、ママが絶対駄目って言うと思うわ」
「うちはパパがねー」
「俺の家も無理だ」
ちょっと待て。
子供を使えば楽勝、と呑気にかまえていた俺は焦った。
親しみすぎて緊張感がなくなったのがいけなかったのか、皆家に帰ることしかもう頭にない。興味を失った子供たちは残酷だ。
「ごめんなー」
と言いつつ、子供たちは蜘蛛の子を散らすように去っていく。
どうすることもできず見送った。だってカメラを回したままだったから。ここでごねて子供を脅しては元も子もない。
うわー、こんなことなら呑気に遊んでるんじゃなかった!
そんなことよりも先に宿を探しておくべきだったのだ。後悔先に立たず。
それでも気を取り直して、ちらりほらりと建つ数少ない家を一軒一軒訪ね歩くことにした。
が、やはりさっきの子供たち同様すべて断られた。
だいたいにおいて人口の絶対数が少ないのだから交渉するチャンスは少なく、引っ込み思案な土地柄が災いしてうまくいかない。俺のことを知らないじじばばや、知っていても撮影と聞くと尻込みする人ばかり。そのうちとっぷり日も暮れて、夕飯の時間も過ぎていく。
食べ終わった頃に知らない人間が訪ねていっても、泊めてもらえる確率は非常に低い。初めて訪れる人間など相手にとっては異分子でしかないのだ、ということをひしひしと感じる。
目の前で閉じられる玄関の戸は無情だった。
「し、死ぬ……」
もうどこをどう歩いたのか分からない。辺りは真っ暗になり、都会の薄着ではとても対応できない寒さが襲ってくる。
ぽつんと一つだけ家の明かりが見えた。もうこれ以上は歩けない。あれが最後の希望。その希望の光を頼りになんとか歩いた。
「と、泊めてもらえませんか」
寒さで身体どころか声も震える。
ここでも断られたらもう野宿しかない。どうか泊めてください。
「いいですよ」
祈るような気持ちが通じたのか、相手はあっさりと頷いてくれた。
「い、いいんですか!?」
「何もないけど、それでもよかったら……」
「ありがとう!」
あああ、あなたなんていい人だ!
天使のような人だ。感激で涙が出てきそうだった。
もう俺は断られすぎて、普段のクールだの何だのはどうでもよくなっていた。思わず手を伸ばして相手の手をぎゅっと握り締める。
その手は、家の中にいたからあたりまえだけど暖かくて、でも理由はそれだけじゃない気がした。


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2010.05.08


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