【田舎に泊まろう!3】


「ここは寒いでしょう。あがってください、ええと……」
家の中に迎え入れようとして、宿の主は戸惑いを見せた。黒い瞳が瞬き、何かを尋ねたそうに唇が薄く開く。
そうされて初めて、まだ名乗ってないことに気づいた。
「俺は、はたけカカシです」
「カカシさんですね。俺はうみのイルカです。よろしく!」
名前を知っても驚く気配もなく、だからといって気負っている風でもない。ごくごく自然な応対だった。
きっとこの人は俺のこと知らないんだ。でも、それでよく泊めてやろうなんて思ったな。身も知らぬ人間だというのに。
「あの……どうして泊めてもいいって思ったんですか」
もし気が変わったらどうしようと、おそるおそる尋ねてみる。
「だって、今放り出したら凍死しそうだったし」
少しだけ困ったように眉が下げながらも、微笑んだ。
本当にただの親切心、それ以外の何物でもなかった。たぶん、雨の中犬や猫が捨てられていたら、そこから離れられなくなる人じゃないか、と思った。その想像は外れていない気がした。
その時、ふと思い出した。
「あ。もしかしてイルカって、イルカ先生?」
「どうして知ってるんですか?」
不思議そうな顔は、出会ってすぐの印象より少し幼く見えた。うまく言葉には言い表せないけれど、なんだか胸がざわざわする。
「昼間子供たちが教えてくれたんです。えーっと、ナルトにサスケ、シカマル、チョウジ、サクラといの?」
「ああ! 子供たちに会ったんですか」
俺の生徒です、と嬉しそうに笑った。
それは、想像していた良い先生そのものとどこか違っていた。なんていうんだろう、可愛いというか。
ん?可愛い?
何を言ってるんだ、俺。向こうは男だろ!
頭をぶんぶん振って、変な考えを追い出した。
「子供たちは行儀よくしてましたか?」
「あー、えー……元気はよかったですよ」
行儀がよかったとはお世辞にも言えない。
それを察したのか、明日叱っておかなくちゃと呟いていた。
「でも、親切にしてもらいましたよ。校舎も案内してくれたし」
一応フォローしておく。宿が決まらなかった恨みはあるけれど、一緒に遊んだのは楽しかったから。
「そうだったんですか! 俺も居たらよかった。今日は用事があって早く帰ったものだから……」
残念そうにするイルカ先生を見て、もし居たらどうなっていたんだろうとふと思った。
やっぱり泊めてくれることになったのか、それとも他の家を紹介してくれたのか。どちらにしろ親身になってはくれただろうが、俺はそれをちゃんとありがたいと思えたのだろうか。打算で近づいて計画通りうまくいった、と喜ぶだけだったのだとしたら、今の方がよかったのかもしれないと思えた。
「カカシさんは、普段は何をしてる人なんですか」
「あー、テレビに」
「テレビ関係のお仕事ですか! どういったことしてるんですか?」
テレビ関係の仕事。その言い方からして、誤解されてるっぽい。芸能人ではなく裏方的な、いわゆる大道具とか美術とかそういう仕事内容を求められている気がする。
顔を輝かせ興味津々に質問されたのはいいが、俺の分かる仕事は一つしかない。なんだかそれが期待を裏切るようで、ガッカリさせたくない気持ちになる。
「いやあの、出る側っていうか……」
俺が口ごもると、さすがに察して申し訳なさそうに鼻の頭を掻いた。
「すみません、うちテレビなくて……」
「いや、いいんです! 俺もそんな有名なわけじゃないし!」
必死に言い訳をする。
そんな顔をさせたい訳じゃなかった。もう有名だとか有名じゃないとかどうだっていい、と思えた。
あー、なんで俺はこんなに必死なんだろう。
「あれ? それじゃあもしかして、こっちには仕事で来られたんですか?」
「実はそうなんです。『田舎に泊まろう』っていう番組で」
「へえ。じゃあ放送されるんですか」
言ってから、しまったと思った。カメラで撮影されるなんてとんでもない、と放り出されたらどうしよう俺。
「村のじいちゃんばあちゃんに自慢しないといけませんね〜」
焦る俺をよそに、イルカ先生はからりと笑って言った。
よかった、追い出されなくて。
撮影の許可も貰え、ほっと安堵のため息をついたが、逆におおらかすぎて人に騙されてしないか心配になる。
が、当人はそんなことを知る由もなく、笑顔のまま部屋に案内してくれた。
こたつだ!
部屋の真ん中にある
その暖かさは、凍えた身体にはありがたかった。
「本当に何もないんですけど」
そう言って出されたのは、カップラーメンとおにぎり。
「いや、充分です」
普段の俺ならカップラーメンなんて食べないのだが、厚意はありがたく頂かなくてはいけない。
夕飯が終わっていれば食材なんて残ってないこともある。食べるものがないから、と断られたこともあった。普通は嫌がるものだ、そんな何もないところをテレビに映されるのは。それでも泊めてくれたのだから感謝しかない。
ラーメンは少々味が濃かったが、おにぎりは頬張るとほろりと崩れる程よい固さで美味しかった。
「ごちそうさまでした」
いつもなら言わない言葉が思わず口をついて出ていた。


●next●
●back●
2010.05.15


●Menu●