【田舎に泊まろう!5】


その後は、俺に思い出がないと言ったのが気になったのか、イルカ先生は遠足や運動会などいろいろな学校の中の出来事を話してくれた。
笑ったり怒ったり、時には涙ぐんだり、話すたびに表情が変わっていく様を眺めるのは、話の内容そのものよりも興味をそそられる。いつまで眺めていても飽きない。
一応許可を取って、ハンディカメラも回す。仕事への責任感というよりは、なんとなくイルカ先生を撮っておきたいなと思ったからだ。
「それで、その時ナルトがね」
子供たちのことを思い出しながら語る時のイルカ先生は、すごく優しい笑みを浮かべていて。なんだか面白くない。
俺だけに笑いかけてくれればいいのに。
ぼんやりとそう思い、自分の心の声にハッとした。
今までこんな風に人に執着したことはない。もしかして俺は、イルカ先生のことをそういう意味で好きなのか。
そう考えたら、今までの普段と違う自分の言動も説明がつく。
悲しい顔や辛い顔をして欲しくないのも、自分じゃない違う誰かの話をされるのが面白くないのも、ずっと見つめていたいと思うのも、全部そういうことなのだ。
いつのまにか恋に落ちていたんだ。
その事実にうろたえていると、
「そういえばカカシさん、眼の色が違うのはカラーコンタクトってやつですか?」
と顔を覗き込まれた。
うわっ、近い。
息がかかりそうなくらい間近に黒い瞳があって、動揺する。恋していると自覚した直後で心の準備もできていない時に、刺激が強すぎた。思わずカメラを落としそうになる。
「あ、いや、その、これは生まれつきで」
右眼が青、左眼が赤の虹彩異色症。今はカラーコンタクトで色なんて自由自在だからたいして目立ちはしないが、天然は珍しい。重宝する時もあれば、面倒くさい時もある。
「えっ、そうだったんですか!」
イルカ先生が驚いて、目を大きく見開いている。
「たまにあるそうです、先天性のは。ハーフだからかなぁ」
「ハーフ……あっ、それじゃあもしかして髪の色も?」
「自前です」
「す、すみません。俺、てっきり都会の人だから派手なんだとばかり……」
イルカ先生は顔を赤く染め、それを隠すように手で覆った。
「そう言われるのには慣れてるから、気にしないでください」
「俺、恥ずかしいです。人には事情があるのに決めつけるなんて」
今まで必ずといっていいほど間違われてきたので、本当に気にすることじゃないのだけど。なぜかイルカ先生は自分を恥じている。軽い自己嫌悪に陥っているらしいのだ。
なんとかしないといけない。
「でもほら、芸能人だと派手な方が目立つから便利なんですよ!」
ちょっと的外れなごまかし方のような気もしたが、とにかく何か言わないと、と焦った。が、そんな言葉でもなんとか気をそらすことはできたようで、イルカ先生がまだ赤いままの顔を上げる。
「たしかに似合ってるな、とは思ってたんです。そりゃそうですよね、生まれつきなんだから」
「似合ってるって、それは褒め言葉だと思っていいんですよね!」
期待に胸を膨らませながら尋ねる。
「もちろんです。すごく綺麗だなぁと思ってました」
イルカ先生は俺の髪を一束手に取り、ふわっと微笑んだ。
うわ、そっちの方が可愛いじゃないか!と心の中で叫ぶ。俺はイルカ先生を直視できなくて、視線をそらした。
「あ! もうこんな時間。すみません、調子に乗って話し続けたりして……」
そんなつもりはまったくなかったのだが、俺の目線の延長上に時計があったらしく、イルカ先生は誤解した上に謝罪までする。
ごまかすという点では都合が良かったけれど、もう寝る時間だと話を打ち切られたのは残念だった。都会では夜通し飲み明かすことだってあるのだから、全然いいのにと思う。まだイルカ先生を見ていたい、おしゃべりしたい。
が、慌てて採点を終わらせようと頑張ってる姿を見ていると、しかたないとも思う。結局俺はイルカ先生の生活に入り込んだ侵入者でしかないのだ、今夜一晩限りの。普段の生活を変えてまで相手をしてもらうのは迷惑でしかない。
答案用紙をとんとんとこたつ版の上で整えているところを見ると、ようやく終わったのだろう。
「すみません。俺、こんなに話すなんて、きっと浮かれているんです」
「浮かれてる?」
意外な言葉に首を傾げる。
「一人じゃないなんて久しぶりだから、嬉しくて」
子供みたいだ、とイルカ先生は照れくさそうに笑った。
それじゃあ俺が来たのは迷惑じゃなくて、楽しいと思ってくれたのかな。そうだったら嬉しい。
こたつを隅に除け、イルカ先生が持ってきた布団を一組敷くと、それほど広くない部屋はそれだけでいっぱいになった。
あれ、よく考えたら部屋はこれだけなのに、他に敷くところないよね?
どうするんだろう、と首を傾げた時イルカ先生が口を開いた。
「あの、言ってなかったんですけど」
「はい」
イルカ先生が神妙な顔で話すので、俺も真剣な表情で受け答えする。
「実は、布団はこれしかなくて……」
「はいぃ?」


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2010.06.12


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