待ちに待った週末のこの日。
本当に首が長くなるんじゃないかというくらい待っていた。冗談抜きにもういくつ寝ると、と数えていたのだから。
それなのに。
「どうして髭が一緒なんだ……」
新幹線の席の隣には見飽きた顔があった。
「一応引っ越すんだから、手続きなんかがあるだろう? お前が一人で出来るとは思えないからな」
「別に手続きなんて要らないよ」
荷物を持っていくだけでいいんだから。
「敷金礼金とか家賃の支払いとかいろいろあるだろうが」
「あ、そうか」
言われてみれば、家賃を忘れていた。
よく考えてみたら食費とか光熱費とかも要るんじゃないか? 俺って迂闊。
イルカ先生の通帳に充分振り込むようにして手続きしてもらわなくちゃだな。
あ。もう一つ忘れていた!
「アスマ、現金くれ」
「はあ?」
「だから現金だよ、お・か・ね。田舎だからカードとかお財布ケータイとか使えないんだよっ」
「ああ」
急に言われても出せるかよ、とブツブツ言いながらお札を数枚取り出した。
「たったのこれだけー?」
「せめて事務所を出る前に言えよ、まったく」
だって忘れていたんだからしょうがない。こういう不測の事態にも対応出来るよう備えをしておくのがマネージャーってもんだろ? まあいいや。後は月曜日に事務所で貰えばいい。
とりあえずこれで食料品ぐらいは買えるだろう。今日か明日イルカ先生と一緒に買い物へ行こう。スーパーでかごを持って買い物をする、想像するだけで楽しい。
「なんだ、気持ち悪いな」
「何が」
「思い出し笑い。やらしーぞ」
「ふふん」
別に思い出しているわけじゃないから、思い出し笑いじゃない。けど、反論はしないでおく。
窓の外を眺めているふりをしつつ妄想を楽しんでいるうちに、あっというまに目的地に着いてしまった。
駅に着くと大きなスーツケースをガラガラと引っ張って歩く。もう片方の手には植木鉢が入ったビニール袋。
髭はほとんど手ぶらに近いが、預けたりしない。自分の荷物は自分で持つ主義だ。
二人並んで歩く。
「住むところはここから近いのか?」
「わりと近いよ」
あまり多くは説明せず足を動かす。髭も長年の付き合いで慣れていて、文句は言わずについてくる。
イルカ先生の家の前までやってきた。
「ここか!?」
「ここだよ」
驚愕で多少ひっくりかえった声で髭が叫んだ。
俺は何か文句があるのかと視線を向けた。
「俺はまた古民家とかそういう珍しい家だとばかり……」
つまり都会にはない形式の家を好んでいるからこっちに住みたいと言い出したのだ、と思ったらしい。
たしかにこれはどこででも見かけるありふれたもので珍しい家じゃない。小屋と言った方がいいくらいの小さな小さな家。
でも中身が重要なんだ。
「イルカ先生ー」
どんどんと扉を叩くと、中からバタバタと音が聞こえきた。
今日はちゃんと居てくれた。それだけで嬉しくなる。
扉が開いて、出迎えられるという事実に胸が震えそうになる。
「カカシさん、早かったですね」
「はいー。ワクワクしすぎて昨日もよく眠れませんでしたから」
「あはは。じゃあ今日は早く寝ないとですね」
中へどうぞと勧められ、玄関口に入ってしまってから、ついてきた髭のことを思い出した。
外を見るとまだ呆然と立ち尽くしていた。
俺の視線を辿って、イルカ先生が外に居る髭に気づく。
「ええっと、どちら様でしょう」
「その熊は俺のマネージャーです」
「ああ!」
狭いところですがどうぞ、とイルカ先生がにこやかに勧める。
が、せっかく勧めてもらっているのに髭は動かない。
「カカシ。これは……」
「こちら、うみのイルカ先生。俺と一緒に住んでくれる人だよ」
紹介するのももったいないが渋々そう言うと、髭がまたしても驚愕に目を丸くした。
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