プロデューサーなのかスポンサーの広報担当なのかよくわからない人が俺に言う。
「今回のコンセプトは『くつろいだ休日』です」
「はあ」
撮影するための説明はいまいち要領を得ない。とりあえず適当にやって反応を見るしかないだろう。
延々と続く話を聞きながら視線を動かす。
イルカ先生はいまだモデルとしゃべっているらしい。何だあの女、とっとと離れろ。
面白くはなかったが、イルカ先生と目が合ったので思わず笑みが漏れた。
ひそかに手を振ると、笑顔で振り返してくれる。嬉しい。
なぜか隣に立つモデル女の顔色が変わった。
なんだろうと思ったが、
「はたけさん、ここ。ここ重要ですよ!」
と興奮した男が唾を飛ばして叫ぶので、せめて身体だけでも向き合わなくてはいけなかった。もっとイルカ先生を見ていたいのに。
でも真面目に仕事しないと後でイルカ先生の機嫌が、と思うと強く出られない。
あーあ、もう早く終わらせてイルカ先生と食事に行きたい。
そのご褒美を糧に頑張るよ、俺は。
無理矢理自分を奮い立たせていると、後ろが騒がしくなる。
振り向くと例のモデルが顔を真っ赤にしてわめいていた。
「もう私CMなんて撮らないっ」
何だあれ。ヒステリー?
あっけにとられて見ていると、そのままモデルはスタジオを飛び出して行ってしまった。
我に返ったマネージャーが慌てて跡を追っていく。
「どうしたんでしょうね、あれ」
「さぁ?」
たいして興味がない。というか、あんな間近で叫んでイルカ先生の鼓膜が危機に陥ったらどうしてくれるんだ、あの女。
心配になって駆け寄ると、側に居た紅が腹を抱えて笑っていた。
「お、おかし…っ」
笑いすぎで話にならないので、イルカ先生にどうしたのか聞いてみたが、
「俺には何がなんだか……普通におしゃべりしていただけだったんですが」
とおろおろするばかり。
ようやく笑いを抑えることに成功した紅に説明されるまで、スタッフでさえ何があったのかわからない状態だった。
「カカシがイルカ先生ばっかり気に懸けるのが気にくわなかったんでしょうね、あの子。イルカ先生に絡んできたのよ」
「俺、絡まれてました?」
イルカ先生はきょとんとした表情で尋ねる。
「言ってたわよー。『子供と一緒に遊んでお給料貰えるなんて幸せね』とか『農作物を運ぶからさぞかし足腰鍛えらるでしょう』とか、嫌みったらしく」
何だと、あの女。その場に居たら殴ってるぞ。
「そして『田舎だとさぞかし紫外線が強いんでしょうね。もう日焼けしてますもんね。私、肌が弱いからとても無理だわー、ぼろぼろになっちゃうぅぅ』とか言ったのよ」
イルカ先生のどこが悪い。日焼けしてて健康的じゃあないか。よく似合ってる。
お前なんか厚塗りして誤魔化さなきゃ目も当てられない化粧女だろうが!
今度会ったらマジで殴る。
俺はぶるぶると震える拳を握り締めた。
「そしたらイルカ先生ったら、あの子が自分の肌が駄目だと悲観してると思ったんでしょうね。『そんな風に自分を卑下することはありません。綺麗な肌ですよ? そりゃあカカシさんには敵いませんけど』って言ったのよ! あー、おかしー。もう腹よじれるわー」
紅はまた思い出して笑いだした。
周りも失笑する。
つまりあの女は自分で言ったことで自分の首を絞めてしまったわけだ。
「そんなにおかしいことを言ったでしょうか……」
イルカ先生はしょんぼりしている。
考えたなりの誉め言葉のつもりだった。嘲笑するつもりは欠片もなかったはずだ。それが怒りを買ってしまったことに衝撃を隠せないのだろう。
「たしかにカカシはニキビも肌荒れもないもんね。常々どんなお手入れしてるのか私も気になってたわ。色白でシミ一つ無い、みんなが嫉妬するくらいお肌つるつる。でも面と向かって言われた女は面目丸つぶれよね、男と比べられたわけだから!」
「俺がよけいなことを言ったばっかりに……」
さらに下がっていくイルカ先生の肩に、俺は手を置く。
「気にすることないですよ。イルカ先生はただ世間話をしていただけなんだから」
自滅した女が悪い。
っつーか、あの女ほんと殴る。こんなにイルカ先生をしょんぼりさせて。何なの!
「そうよそうよ。だいたいそれくらいのことでカカシと並んで撮影されたくないとか言い出すなんて、プロにあるまじき行為なんだから。イルカ先生は気にしなくていいのよ?」
紅の慰めもなかなかイルカ先生には届かない。
そこへスタッフの一人がやってきて、『まだ無理そうです。控え室に籠もられちゃってー』と報告して回るので、イルカ先生の顔も曇るばかりだ。
本当に迷惑な女だ。
撮影が滞るのは事務所の賠償責任で済むが、イルカ先生を傷つけた罪は重い。
「もういいじゃないですかぁ、あの子に拘らなくたって。コンセプトを守れたらいいわけですよね? 俺一人の撮影でも充分って言うか」
俺が提案すると、苦り切っていた監督やスタッフの視線がこっちに集中する。
撮影が進んでくれればイルカ先生の気だって晴れるだろう。
「ね、イルカ先生も撮影早く見たいでしょ?」
笑顔で語りかけると、イルカ先生の表情も少しだけ緩む。
「それだ!」
「は?」
「いや、その笑顔だよ。はたけ君! その笑顔が今度のCMには必要なんだ」
突然とテンションが上がってしゃべり出した監督に、ちょっとビビる。
「いっそその人と一緒に撮ったらどうだろう」
「は?」
イルカ先生とCM撮影?
「えええええ!」
現場に響き渡ったのはイルカ先生の声だった。
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