イルカ先生が仕事場に来る。考えただけでもドキドキそわそわする。
始まる前から浮き足立って、早く見に来て欲しい反面、恥ずかしくて見に来て欲しくない気持ちも少しだけあって。
まるで授業参観みたいだな、と髭に言われた。
そういうものだろうか。今までこんな気持ちになってその行事に挑んだことがなかったからわからない。
どうせならいっそ授業参観方式でいこうと言われ、なぜか仕事場にはイルカ先生が後でやってきて見学するという形になった。紅が約束した通り案内してくれると言う。何もそこまでしなくてもと思っているうちにあれよあれよと決まった。
一緒に家を出ればいい話じゃないのか。
イルカ先生と並んで新幹線に座るという俺の楽しみはどうしてくれるのよ。
「だってお前、一緒に行ったら仕事に集中できないだろ」
どうせイルカ先生しか眼中にないのは目に見えている。最初から最後までイルカ先生が現場にいたら仕事にならないだろうと髭は言う。その時間を少しでも減らして仕事の効率化を図りたいのだそうだ。
えー、じゃあずっと居られるわけじゃないんだ。つまらん。
「お仕事の邪魔はしませんから」
イルカ先生が遠慮がちに言うが、俺は邪魔してもらって全然かまわない。というか、決して邪魔ではない。
「まあまあ。撮影は三日間の予定だから、順調に進めばその日はすぐに帰れる。一緒に食事にだって行けるし、どこか観光してきてもいいし、ホテルでゆっくり休んでもいいじゃないか」
「あー、そうか」
それいいな。デートして一緒に外食。
基本この家では外食はないし出かけることもないから新鮮でいい。
そして、連休中はホテル泊。
日中も一緒に居られて、いつもと違うことをする三日間。わくわくする。
「イルカ先生は何食べたいですか?」
「何でもいいですよ」
イルカ先生は欲がない。あれが食べたいこれが食べたいとはっきり言ってくれたらいいのに。
不満が顔に出てしまったらしい。それを見てイルカ先生が困ったように笑う。
「カカシさんが毎日作ってくれる料理が美味しいから、特にこれを食べたい!と強く思うことがないんですよね」
わっ、なんという誉め言葉。
かーっと顔が熱くなった。
「ち、違うものもたまにはいいですよっ。家で作れないようなものを食べに行きましょう」
「はい、楽しみですね」
にこりと笑う笑顔に、こちらも思わず笑みがこぼれた。
待ちに待った連休。
スタジオに入ると、まだ監督は到着していなかった。
ちっ、早く来すぎた。もっと遅くてもよかったかと思うと損した気分だ。
「今日はよろしくお願いしまーす」
CMで共演するモデルとやらが挨拶にやってきた。
俺は全然知らないが、最近人気急上昇なんだそうだ。外見からしてアホっぽくて知的なところがないんだけど。こんなので撮影大丈夫なのかなぁ。
「私、前からはたけさんのファンでー」
「あー、そうですか。どうも」
「お休みの日はどんなことしていらっしゃるんですかー?」
どうでもいい。まったくどうでもいい話題。
いい加減な相づちを打ちつつぼんやり入り口辺りを見ていると、待ち望んでいた姿が現れた。
「イルカ先生!」
まだ続いていた話を振りきって、入り口に駆け寄った。
紅と一緒に立ち、興味深そうに周りを見回している。
「あっちに椅子が置いてあるから座って座って。何か飲みます?」
軽く肩に触れて椅子へと誘導していると。
「俺にかまわなくていいんですよ。お仕事があるんでしょう?」
言い方は柔らかかったが、要は仕事しなさいということだ。
ちゃんとしないと怒られる。
そういうところはイルカ先生は真面目だ。サボるなんてとんでもない。真剣みが足りなくたってアウトだろう。
「はい……」
ちょうどその時監督が到着して、現場がざわざわと騒がしくなる。
俺は打ち合わせのために呼ばれたので、そっちへ行かなくてはならない。後ろ髪を引かれる思いで後にすると、あのモデルがやってきてイルカ先生に話しかけていた。
離れる瞬間に会話の一部が耳に届いた。
「先生って弁護士か医者?」
「そんな、違います。小学校の教師をやっています」
「きょーし!?」
すっとんきょうな声が叫んだ。本当に頭悪そうだ。
「なんで教師がはたけカカシと一緒なのよ!」
「それはカカシさんが優しいからです、きっと」
振り返るとイルカ先生がにこりと笑っていた。
俺は優しくなんてないし、もしイルカ先生がそう感じるなら、ただ単に下心があるからなのだと思う。
今までだったら優しいと思われるなんて嫌だった。正直媚びているみたいでみっともないという気持ちが先に立つ。
でもそうだ。イルカ先生がそう思ってくれているなら優しいっていうのも悪くない。気分が良かった。
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