【田舎に住もう!14】


そうこうしているうちに、紅がやってきたと噂を聞きつけ、村の連中がわらわらと集まってくる。しまいには俺のファンだとか言う連中までやってきて、大騒ぎになった。
本当は蹴散らしてしまいたかったが、一応ここはイルカ先生の住む地元。印象を悪くして俺が住めなくなってはたまらないので、笑顔を保ちつつ相手をした。
それとなくお引き取りしてもらうようほのめかしたり、サインやら写真やらを求められたが「事務所の方針で」とお断りしているうちに、徐々に人々も減っていった。が、かなり時間はかかった。
「うわー、酷い目にあった」
「こんなに人が住んでたのね……」
紅と二人して呆然となった。
都会だともうちょっと知らん顔を通してくれるのだけど、それは都会なりのルールってものがあるのだろう。まあ、普段は俺も完全無視で対応しないから、間違って声を掛けてきた奴も諦めて去っていくんだけど。
溜息をつきつつ顔を上げると、いつのまにか紅がイルカ先生に話しかけていた。
漏れ聞こえてくる単語に寄れば、この畝には茄子を植えるとか何とか、そんな他愛のないことらしい。けれど、イルカ先生があんまりにも嬉しそうに話しているから俺は面白くない。
「いいかげん帰れよ。新幹線の時間もあるだろ」
紅にそう促してみる。さっさと帰ってしまえ。
「あら。今日はイルカ先生のお宅に泊めてもらおうと思ってきたのよ?」
「は? どこまで図々しいの。っていうか、無理だよ。お前は泊められない」
「ケチね」
「そうじゃなくて物理的に無理って言ってんの」
たとえ物理的に無理じゃなかったとしても精神的に無理。俺とイルカ先生の間を引き裂こうなんて、この女は悪魔の使いなんじゃないかと思えてくる。
「じゃあ、母屋の方にお願いしましょうか」
などと、イルカ先生まで言い出して俺はちょっと泣きそうだ。
俺が初めて来た時なんか誰も泊めてくれなかったくせに、この差は何なんだ。酷すぎる。そりゃイルカ先生の家さえ泊まらなけりゃいいと言えばいい。でも納得いかない。
絶対帰らせると口を開こうとした時。
「どうして紅がここに居るんだ」
突然と聞こえてきた疑問の声は、髭だった。
奴は額に滲んだ汗を拭ったまま固まっていた。
「え。お前、アスマに知らせないで来たの?」
「どうせこっちに来るのは知ってたから驚かせようと思ってぇ」
しれっと笑顔を振りまく。
わあ、本当に悪魔みたいな女だな。
俺が感心していると、髭が我を取り戻したらしく、こっちをじっと見つめていた。
何だ。
「ところで、カカシ。あー、残念なお知らせがある」
「やだよ」
こんな切り出し方をされて、誰が内容を聞きたいと思うか!
「連休に仕事入ったから」
「却下。絶対やらない」
冗談じゃない。連休はイルカ先生の畑のお手伝いをする、前から約束してたんだからな!
「有名なCM監督がどうしてもこの日程じゃないと都合がつかないって言うんで、外せないんだ」
「知るか」
どうでもいいよ。じゃあ撮らなきゃいいじゃん。
「うちの社長が乗り気で、『絶対お前に仕事させろ、金に糸目はつけん』って張り切っててなぁ」
あの社長め、まーた思いつきで仕事しようとするんだから。
「カカシさん、いいんですよ。お仕事してきてください」
「でもイルカさん! 連休は畑仕事を手伝うって約束したでしょう? それを破るなんて俺は……」
とか言って、あくまで最初の約束を優先する態度を崩さないようにする。そうでもしないと仕事大事なイルカ先生に行くよう押し切られてしまう。それは避けたい。
頑として譲らない俺を見つめたまま髭は考え込んでいたが、ようやく口を開いた。
「じゃあ、こうしよう」
「何」
不機嫌に答えた。どんな条件を出されても行かない。そう心に決めている。
「こっちの先生を招待する」
「え? イルカ先生を?」
「そうそう。そのイルカ先生に、お前の仕事している姿を見学してもらう。もちろん宿泊先もこっち持ち。どうだ」
連休の仕事中、ずっとイルカ先生と一緒。それは魅力的な提案じゃないか。
しかも真面目に仕事をしている俺を見てかっこいいと思ってもらえるかもしれない。畑仕事はまだまだ半人前で格好悪いところも見せているが、普段の仕事ならイケるかもしれない。俺のテリトリーに取り込めば俺だって!と思い始めた。
「畑仕事は前詰めにやっておけばいいんですけど、いつも他の家の田植えを手伝っているんです。だから……」
「連休中の農作業は人を雇って補うってことで、なんとか頼んます」
髭がイルカ先生に交渉していた。いいぞ、髭。がんばれ。
「イルカ先生が来るなら私もいろいろ案内するわ」
そこへ紅が加わってイルカ先生も迷っている。
「行きましょ。せっかくなんだから。ね?」
と俺が駄目押し。
イルカ先生が俺の仕事っぷりを見に来ることになりました。


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2011.10.01


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