次の週、仕事に出る時もできるだけゆっくりと歩く。
「お、どうしたカカシ。具合でも悪いのか」
「いや、ぜんぜん」
すっとぼけてみた。
筋肉痛などと髭に言おうものなら絶対からかわれるに決まっている。
「そうか、気のせいか。悪かったな」
ばんと背中を叩かれて、思わず叫んだ。
「痛いんだよっ!」
「あ?」
髭が訳が分からないという風に首を傾げた。
「……筋肉痛だから触るな」
もう背に腹は代えられない。事情を説明しておかないと、また触られてしまう。
「畑仕事を手伝って筋肉痛になっただぁ? お前が!」
ぶはははは、と髭が豪快に笑う。
ちょっと笑いすぎじゃないだろうか。
「それにしてもお前がねぇ」
鍬を片手に糞にまみれてる姿は想像できない、と言われた。まあ、たしかに。今までの俺だったら自分でも想像しなかっただろう。
でも実際今はちゃんと手伝ってるんだからいいじゃないか。愛の力は偉大だ。
「もう黙れよ、アスマ」
いつまで経っても笑い続ける髭に注意をしてみたものの、大人しく言うことを聞くわけがなかった。
その週の週末はまたしても畑。
「石灰は撒いておいたので、今日は肥料を土に混ぜましょう」
肥料はいわゆる先週取ってきたアレだ。
っていうか、イルカ先生いつのまにそんな作業を。
平日の夕方にやっておいたと言われて、ちょっとショックだった。俺は頼りにならないと思われているのか。筋肉痛になるしょぼい奴って思われているんだ、きっと。
ううう、今日は頑張る。
気合いを入れて鍬を握った。
黙々と作業をしていると、高らかな声が辺りに響き渡った。
「いやだ、本当にやってるのね。はたけカカシが畑仕事だなんて!」
この声は。
「うるさいよ、紅」
はーっと溜息が漏れる。
何しに来たんだ、こいつ。
「カカシが引っ越したって聞いて、来ちゃった」
何が『来ちゃった』だよ。可愛い子ぶっても歳はごまかせないっつーの。
「えー。別にお前には関係ないでしょ」
「そんなことないわよ、興味あるもの。あんたがこんな田舎に住もうっていう気にさせる人物に」
それでわざわざ髭に住所まで聞いてやってきたのか。暇人め。
こんなのにイルカ先生を紹介するのはもったいない。
少し離れたところで作業しているはずのイルカ先生をちらりと見る。すると、驚いて目をまん丸くしている彼が居た。
「夕日紅さん!?」
「え、なんで紅は知ってるの、イルカ先生……」
初めて会った時、俺は芸能人としてぜんぜん認識されてもいなかったのに。
悔しい。
悔しすぎる。
「だって、ほら、N○Kの朝の連ドラに出てるでしょう?」
ここら辺では知らない方が珍しいのだそうだ。
あー、じいさんばあさんはN○K好きだもんな。
そういうことなら俺もN○Kに出ておけばよかった。そうすればイルカ先生もきっと俺のことを会った瞬間からすごい奴だと思ったに違いない。ちぇ。
もう取り戻せない出会いを嘆きつつ、でもまあよいかとも思う。出会わなかったかもしれない仮定の世界を考えると、とにかく出会うことができたこっちの方が断然いい。
「紅さんはカカシさんに会いに来られたんですよね。恋人なんですか?」
「えっ、ちょっ……違いますよ! とんでもない!」
冗談じゃない。そんな勘違いをされたら、困るどころじゃない。
なんで恋人。ホント勘弁してほしい。
「紅はアスマと付き合ってるんですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「そーなんです。だからこれはオフレコで」
「オフレコ?」
イルカ先生が首を傾げる。意味が通じなかったようだ。
「あー、つまり内緒ってことです」
ぱぁっとイルカ先生の表情が輝く。
「わかりました! 秘密ですね」
いたずらっ子のように笑う。
その表情を見て、きっとイルカ先生は芸能人の秘密とかスキャンダルとかそういうことまで考えて言ってるわけじゃないんだろうなぁと確信した。
あまりにもらしくて、思わず笑みが漏れる。
紅が驚きの表情でこちらを見ているのも気にならなかった。
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