【田舎に住もう!18】


翌日。
撮影に入る前に監督に呼ばれた。大事な話だという。
何だろうと思っていると、突然と目の前で手を合わせられた。
「お願いがあるんだ。うみの君の顔を出させてもらえないだろうか」
つまりCMを制限なしでそのまま出したいということだ。
「約束が違う」
俺は不機嫌に返した。
事前に言っていたことと違う。途中からやっぱり、というのでは困る。
「ああ、そうなんだ。そうなんだけど……これを見てもらっていいかな」
昨日の撮影した分はすでにCMとして編集され、15秒バージョンと30秒バージョンの二種類が出来上がっている。
ほとんど徹夜したのだと、監督の充血した眼を見て分かった。
「もったいないって思ったんだ。こんな良い表情なのに隠すのは。どうしても公開したい」
その映像の中のイルカ先生は。
何を言っていたか忘れたけれど、ちょっと不満そうに唇を尖らせていたかと思うと、次の瞬間にはぱぁっと笑顔に戻り、何かに失敗しては眉が下がる。くるくると絶え間なく変わる表情。
ただの画面のはずなのに、まるでそこに存在するかのような映像。すごかった。さすが名だたる監督、ハンパじゃない。自分の目で見るよりも魅力的に見えるんじゃないかとすら思った。
もちろんイルカ先生に関して俺の目が負けるわけないんだけど。
「でも……」
たしかにこの映像は魅力的だ。だが、だからといって公開していいかというのはまた別の話だ。
CMに出てしまえばイルカ先生の顔が全国に広まることになる。それは仕事にも日常生活にも支障をきたすだろう。
断固として断ると言いかけた時に、イルカ先生が口を開いた。
「いいですよ、使ってもらって」
「イルカ先生!?」
「いいのかい! よかった、ありがとう!」
監督が叫んで、イルカ先生の手をぎゅっと握り締めた。
「みっともなく映っていたらどうしようと思ってましたが、これくらいなら学校の生徒達も笑って見てくれるかなぁと」
「もちろん喜ぶと思うよ」
監督が上機嫌で答える。
そりゃこのCMを見れば子供どころか大人だって喜ぶさ。
「でも先生……!」
俺の抗議の声はイルカ先生の心を変えるには至らなかった。
「俺、みんなによく言われるんです」
イルカ先生が話し始める。
「何をですか?」
「カカシさんは芸能人だから、住んでる世界が違うって。一緒に居ても勘違いするなよって」
「は?」
何だ、それは。
「この前、紅さんが田舎まで来て、カカシさんがみんなに囲まれてるのを見て、やっぱりそうなのかなぁってちょっと思ったんです」
それって。
俺は一緒に居るのがふさわしくないって言われてるのか。
ショックで身体が固まる。
「でも。テレビに映ってるカカシさんを観たすぐ後に隣にいるカカシさんを見たら、不思議な感覚で。みんなはテレビの中のスターが具現化して出てきたって騒ぐけど、俺にはいつも隣にいるのがあたりまえのカカシさんがあの箱の中にいるっていう、なんか変な感じだったんですよね」
うまく言えないとイルカ先生は鼻を掻いたけれど。
最高に嬉しかった。側に居るのがあたりまえだって思ってもらえて。
そうなのかもしれない。知っている人間がテレビの中で動いていたらビックリしてしまうのかも。
「みんながカカシさんは別の世界の人だって言うけど。でも俺にとっては、違うから。一緒に暮らしてる、生きている人だから。CMに出てる俺を見ても田舎のみんなはきっとそう思ってくれるんじゃないかと思ったんです」
だから使ってもらっていいです、とイルカ先生は言った。
強くてまっすぐな瞳は、揺らいでいなかった。
こんな風に言われたら反対できないよ。
「うみの君の許可はもらえたけど……」
監督が俺の方を見る。一応俺の許可も必要だと気を遣ってくれているらしい。
そこまでしてもらったら俺も折れざるを得ない。
「一つ条件があります」
「何かな?」
「撮影した映像、全部ください」
イルカ先生に聞こえないようにこっそり耳打ちすると、監督はすぐに笑顔で請け負った。交渉成立。
「それじゃあ、今日は車に乗ってドライブ編だよ。張り切って行こう!」
監督の掛け声で、周りのスタッフは元気よく返事をした。


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2011.11.05


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